第83話 妄想で高笑い


 ビーチの準備が整ったので親しい人を呼んで海開きをした。

 招待したのはポール兄さん、マッショリーニさん、エマさん、ユージェニーとシンプソン伯爵などだ。

 サンババーノの魔女たちからは丁寧な欠席届が贈られてきた。

 ノワルド先生の前で若い姿を保てないというのが理由らしい。

 あの姿のままでいるのは七分が限界なんだって。

 ありのままの姿でいればいいのにね。

 ビーチでは美味しく改良したヤシの実ジュースをみなさんに振舞った。

 大人たちはそれにお酒を入れたカクテルも楽しんでいる。

 ケモンシーが作るカクテルは評判なのだ。

 これはケモンシーの隠れた才能だったようである。

 今後も頑張ってもらおう。

 島民たちも今日は仕事を休みにしてのんびりしてもらっている。

 ビーチでソーセージを焼いたり、島で採れたホタテを焼いたりして、みんなで楽しんでいたのだけど、そこに思わぬ客がやってきた。

 アレクセイ兄さんである。

 どこで聞きつけてきたのかな?

 でも、ちょっとまずいぞ。

 当然ながらアレクセイ兄さんには招待状を送っていないのだ。

 どうして招待状をよこさなかったのかと、いちゃもんをつけに来たのかな?


「おい、セディー。お前は俺の馬を横取りしただろう」


 あ、そっちの方か。

 アレクセイ兄さんはシルバーの返却を求めにきたようだ。

 当のシルバーは波打ち際でシャルと遊んでいるので誤魔化すことは不可能である。

 仕方がない、なんとか交渉してみるか。


「横取りとはひどいですね。僕は街道を歩いていた馬を保護しただけですよ」

「なんだとぉ……。だがあれは私の馬だ。連れて帰るからな」


 アレクセイ兄さんは有無を言わさぬ態度だったけど、ここでシンプソン伯爵が間に入った。


「王国法では、迷い馬を発見した際、飼い主が十日以内に名乗り出なければ、その馬の所有権は発見者に移されますな」


 シルバーが屋敷を逃げ出してから、とっくに十日以上は経過している。

 法律的にはシルバーは僕のものだ。

 シルバーに言わせれば自分は誰のものでもないだろうけどね。


「しかし、私は大金をはたいてその馬を買ったのだぞ!」


 アレクセイ兄さんは大人げなく地団太を踏んでいる。

 しょうがないなあ……。

 これ以上話がこじれては困るぞ。


「だったら僕が金額を補填します。どうせシルバーはまともに走らない馬ですよ。競走馬にはなれないでしょう」

「うーむ……」


 アレクセイ兄さんはしばらく考え込んでいたけど、少しだけ表情を緩めた。


「よかろう。私が買った金額であの馬をセディーに譲ろう」

「承知しました。で、おいくらですか?」

「700万クラウンだ」


 うわ、そんなに高かったんだ!

 高くても500万クラウンくらいだと思っていたよ。

 競走馬や軍馬は高いと聞いていたけど、そんなにするとは知らなかった。

 現金はギリギリ用意できるけど、小型帆船を買うという夢がまた遠のいてしまうな。

 ところがここで思わぬ助け船がはいった。

 ポール兄さんである。


「おいおい、兄貴、勘違いをしていないか?」

「なんだと?」

「700万は俺が提示した金額だぜ。兄貴が払ったのは300万クラウンじゃないか」

「なっ!」

「なんなら譲渡契約書を見せてもいいぜ。きちんと保管してあるからな」

「そ、そうだったな。だいぶ前のことだから忘れていたぞ」


 まったく、これだからアレクセイ兄さんは油断がならないのだ。


「それでは300万クラウンでシルバーを譲ってもらいますね」

「うむ……」


 シンプソン伯爵に立会人になってもらって正式な譲渡証明書を作成した。

 これでシルバーは晴れて自由の身だ。


「ブルルル(すまねえな)」


 その日、僕は初めてシルバーに顔を舐められた。



 ***


 都の女学院が夏休みになり、クレアはダンテス領に帰省していた。

 そんな彼女のもとに今日は友人たちが訪ねてきている。

 いずれも良家の子女ばかりなのだが、彼女たちの話題はガンダルシア島のことでもちきりだった。

 セディーの島が話題になってクレアは興奮していたが、表面は平静を繕っている。

 

「まず驚くのは魔導鉄道ですよね」

「あれはびっくりしましたわ。動き出したかと思ったら、トンネルを走り抜けていくのですもの」


 魔導鉄道というのは大きな乗り合い馬車のようなものらしい。

 それが地下の洞窟へと入っていくようだ。

 聞いているだけでクレアはワクワクしていた。

 と、同時に不安にもなっている。

 そんな大冒険みたいなことが本当に起こるのかしら?


「馬車が地下洞窟……」

「魔導鉄道は馬車なんかよりずっと大きいんですのよ。ガンダルシア島へは馬車や船でも行けますが、一度は魔導鉄道を試すべきですわ」


 乗ってみたい!

 クレアの欲求は高まっていく。


「それに、あそこはビーチも最高なのよね」

「ええ、私も海の家でヤシの実ジュースをいただきましたわ」

「私はかき氷を」

「あら、みなさんご存じないの? ガンダルシア島の名物といえばメロンソフトクリームですわよ」


 きゃいきゃいと盛り上がっている友人たちを横目に、クレアは気が気ではなかった。

 そういえばセディーはビーチを解放したと聞いた。

 しかも事前に海開きパーティーまでしたというではないか。

 そこにはポール叔父やシンプソン伯爵、そしてユージェニーまで招待されたようだ。

 それなのに、どうして私が招待されなかったのかしら!?


「クレア様はガンダルシア島へはもう行かれましたの?」


 不意にたずねられて、クレアは一瞬だけ口ごもった。


「ま、まだよ。お父様が許してくださらないもの」


 ダンテス伯爵とダンテス男爵の仲はあまりよろしくないというのはフィンダス地方では有名な話になっている。

 少女たちはすぐに納得して口をつぐんだ。

 だが、当のクレアはそんなことなど気にしていなかった。

 セディーはきっと照れているのね。

 だから私を海開きに招待しなかったのよ。

 セディーは奥手だから水着姿の私がまぶしすぎるのね。

 それにしてもガンダルシア島が気になるわ。

 いっそ、たずねてみようかしら?

 でも、いきなり押しかけていったら、セディーが調子に乗ってしまう可能性もあるわ。

 遅かったじゃないか、クレア! なんて言って、いきなり彼女扱いが始まったらどうしましょう?

 そういうのも悪くないけど、安っぽい女と思われるのも嫌なのよねえ。

 クレアはぼんやりと考えを巡らせ、結論にたどり着いた。

 こうなったら変装して行くしかない! 

 まずは下見からよ。

 セディーと結婚すれば、私だってガンダルシア島へ住むことになるのですもの。

 事前のリサーチは大切よね。

 新しく雇い入れた侍女のロッシュルなら、セディーに面も割れていない。

 外国の令嬢というていで行ってみるとしましょう。

 そうやって、セディーの新生活を見守るの。

 これぞ正しい姪の姿よ!


「おーほっほっほっ!」


 突然高笑いを始めたクレアに、その場にいた少女たちはドン引きだった。

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