第78話 ギャンブルの果てに


 景品交換所から動けない僕を見てマッショリーニさんが話しかけてきた。


「なにか気に入ったものがあったのかね?」

「ええ、まあ……。どういうわけか、このベストに惹かれてしまいまして」

「ああ、幸福のベストか。これは着ていると少しだけ幸せな気分になるという不思議なベストなんだ。だが、まあそれだけの代物だよ。それよりもこっちの『光るタキシード』なんてどうかね? これを着さえすればモテモテになると言われているぞ」


 光るタキシードは魅力を何十パーセントか上昇させるんだったな。

 悪くないアイテムだけど、僕の興味はそこにない。

 欲しいのは『雷撃の槍』でも『きわどい水着』でもなく、『幸福のベスト』なのだ。

 幸か不幸か、僕の財布の中には150万クラウンぶんの金貨が入っている。

 小型帆船を買うために貯金中なのだけど、幸福のベストは船以上に魅力的だ。


「恩人の君にこんなことを言うのはつらいのだが、これはカジノの景品だ。チップと交換でないと渡すことはできないのだよ」

「わかっています」


 僕はさらに三秒考えて決断した。


「マッショリーニさん、やっぱり少しカジノで遊ばせてください」

「もちろんだ。でも、沼にははまりすぎないようにね」


 幸福のベストを手に入れるのに、生半可な資金では心許ない。

 僕は150万クラウンぶんのチップを購入した。

 これを倍にすれば幸福のベストと交換が可能になるわけだ。

 といっても、それは簡単なことではないだろう。

 カジノにはいろいろなゲームがあったけど、前世で馴染みのあるものばかりだった。

 ポーカー、バカラ、スロットマシーンなどなどで、ルールも同じである。

 そんな中で僕はルーレットに狙いを定めた。

 0~36のどの数字にボールが落ちるかを当てるゲームだ。

 賭け方はいろいろあって、偶数か奇数、赤か黒か、などを当てる賭け方などもある。

 ここでは髪をオールバックにした細身のディーラーがルーレットを取り仕切っていた。

 いかにもプロという感じで、身のこなしに隙がない人だ。


「いらっしゃいませ、どうぞおかけください」


 声も渋いなあ。

 僕とシャルはテーブルの前に置かれた椅子に並んで座った。

 僕らの他にも三人のお客さんがいて、ルーレットを楽しんでいる。

 まずは場に慣れるために観察してみよう。

 ディーラーがホイールを回してボールを落とした。

 白いボールは滑らかにルーレットの外周を回っている。

 さあ、ボールはどこに落ちるのだろう?

 実際には賭けなかったけど、頭の中で黒に30万クラウン張ってみた。


「賭けを締め切ります」


 ディーラーが宣言したので、このゲームにおけるこれ以上の賭けは禁止となった。

 人々は固唾をのんでゲームの成り行きを見守っている。

 ボールはスピードを落とし、カラカラと音を立ててルーレットの上を回りだした。


「黒の6番です」


 ルーレットを見守る人たちからため息が漏れた。

 うーん、残念!

 予想通り黒が来るならチップを賭けておけばよかったよ。

 もしやっていたら、持ち金は180万クラウンになっていたのに。

 よし、次は僕も賭けてみよう。

 自分の山から50万クラウンぶんのチップを取り分けて、今度は黒の場に置いた。

 これで当たれば、戻ってくる金額は倍の100万クラウンになり、手持ちは200万クラウンだ。

 ところが、現実はそう甘くなかった。


「赤の19番です」


 外してしまったか。

 次はどちらにすればいい?

 黒→赤の順に来たから、次は黒だ。

 黒に40マンクラウン賭けてみよう。


「赤の3番です」


 また外してしまったぞ!

 それだけじゃない、そこから連続で予想を外し残りのチップは20万クラウンになってしまった。

 なんてことだ、短時間にこんなに負けてしまうとは……。

 ディーラーがホイールを回し、再びボールを落とした。

 次はどっちだ?

 もう後がないぞ。

 ふいに袖を引っ張れる感覚がして僕の注意は霧散した。

 気が付くとシャルが不思議そうな顔で僕の顔を見上げている。


「ど、どうしたの?」

「父上はさっきからなにをしているのでありますか?」


 しまった、ゲームに夢中でシャルのことを忘れていたよ。


「ごめんね、シャル。僕はあのボールがどこに止まるのかを予想しているんだよ」

「なんだ、そんなことですか。次は5のところで止まりますよ」


 シャルは無邪気な笑顔で思いっきり手のひらを広げて見せた。


「わかるの?」

「簡単であります」


 にわかには信じられないけど、ここはシャルの言うことを信じてみるべきではないだろうか?

 よし、黄龍のお告げに残りの20万クラウンをぶっこむぞ。

 僕は赤の5のマスの上に自分のチップのすべてを置いた。


「賭けを締め切ります」


 僕がチップを置き終わると同時にディーラーが宣言した。

 あとは結果を待つのみだ。

 ボールが速度を落としてカラカラと音を立て始めた。

 そして――。


「赤の5番です」

「おおっ!」


 周りのお客さんたちが驚いている。

 シャルのことだからやってくれるのではないかと期待していたけど、いざ当たったとなると僕もびっくりだった。


「おめでとうございます」


 ディーラーはそういいながら720万クラウンぶんのチップを戻してくれた。

 赤や黒を当てても二倍にしかならないけど、数字を当てれば三十六倍になるんだった!

 緊張してすっかり忘れていたよ。


「ありがとう。やっぱりすごいね、シャルは!」

「えへへ、最強種であります!」


 シャルは小さな胸を張った。

 後ろで僕らを見守っていたマッショリーニさんも驚いていた。


「いやいや、驚いたよ。まさかストレートアップを当ててしまうとはね」

「これもシャルのおかげです」

「それで、まだ続けるかね? それとも他のゲームで遊ぶかな?」

「いえ、もう充分ですよ。幸福のベストをいただいて帰ります」


 そう告げると、明らかにマッショリーニさんはほっとした顔をしていた。

 400万クラウンのチップと幸福のベストを交換しても、僕の懐にはさらに320万クラウンの現金が残った。

 やっぱりカジノというのは恐ろしいな、というのが僕の正直な感想だ。


「セディー君、また遊びに来てくれたまえ」

「ありがとうございます。今度はカジノ付属のレストランや劇場へ来たいと思います」


 マッショリーニさんは玄関まで僕らを見送ってくれた。

 こうして、僕のカジノデビューは幕を閉じたのだけど、今回の勝ちは完全にシャルのおかげだ。

 僕だけだったら財布の中の全財産を失っていただろう。

 どうやら僕にはギャンブルの才能はなさそうだ。

 それが今回の社会勉強で得た教訓だった。

 ちなみにシャルはカジノへの出入りは禁止になった。

 そりゃあそうか。

 シャルなら余裕で勝ててしまうからね。

 まさに最強種だった。

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