第79話 海の家


 カジノの入り口で馬車に乗り込もうとしたら、路地裏から子どもの叫び声が聞こえてきた。

 僕とシャルは顔を見合わせて建物の裏側へ回り込んだ。

 そこにいたのは地面に倒れている男、そしてそれをかばう女の子、それからその子たちを取り囲む四人の大人たちだ。


「やめて! お父さんをぶたないで!」


 女の子は父親を背中に隠して男たちの前に立ちふさがった。

 あれ、倒れている男の人に見覚えがあるぞ。

 あれはたしかカジノの中で青い顔をしていた人だ。

 名前は……そう、ケモンシーとマッショリーニさんは呼んでいた。


「どきな、お嬢ちゃん。あんたの親父は俺たちに借金があるんだよ」

「お金なら必ず返します! だからお父さんを殴らないで」


 男たちは肩をすくめた。


「可哀そうだが、そうはいかないぜ。だいたい、300万もの借金をどう返すつもりなんだ? おめえみたいなガキが身売りをしたって、せいぜい50万クラウンがいいところだぜ」


 倒れていたケモンシーが歯を食いしばって立ち上がった。


「よせ、ハーミンに触るな」

「なにを偉そうに。もう少し痛めつけないと身の程がわからねえらしいな」

「やめてっ!」


 男たちが拳を上げるのを見て、僕とシャルが仲裁に入った。


「ちょっと待って。これ以上暴力を振るうのなら見逃せないよ」

「ガキが大人の邪魔をするんじゃねえ!」


 男たちの一人は僕を恫喝したけど、もう一人がそれを止めた。

 きっと僕が貴族の身なりをしていたからだろう。

 身分的なものもあるけど、貴族の子弟は幼いころから攻撃魔法の訓練を受けていることが多い。

 そういうことも彼らを止める要因になったようだ。


「どこのどなたかは存じませんが、余計な邪魔はおよしください。この男は俺たちに借金があるんですよ」


 僕を脅しにかかった男がへらへらとした態度で口を開く。


「それともなにかい? あんたが借金を肩代わりしてくれるのかい?」


 その態度に腹が立ったけど、言い返す前にハーミンと呼ばれた女の子が僕の腕にすがってきた。


「若様、どうかわたしを買ってください。若様に一生忠誠を尽くします! だから300万クラウンで私を買ってください!」


 お金で人を買うなんてもってのほかだ。

 僕にそんなことはできない。

 だけどハーミンが僕に触れた瞬間、僕のステータス画面が開いてアラートが点灯した。

 ひょっとしてこの女の子はガンダルシア島にかかわる運命の人なのか?

 調べてみると海の家の解放条件に関係があるようだ。

 だけど、こんな小さな子が海の家の主力になるのかな?

 まあ、僕も十三歳で年齢的にはほとんど変わらない年ごろなんだけどね。

 ハーミンは僕と同い年か一つくらい下だろう。

 ということは、解放条件はお父さんの方かな?

 でもギャンブラーというのがなあ……。

 はたして真面目に働いてくれるのだろうか?


「お願いします、若様!」

「うーん……」


 僕が迷っていると男たちは薄ら笑いを浮かべた。


「よせよせ、坊ちゃまが困っているじゃねえか。おめえみてえな小娘に300万も払うバカはいないぜ」

「もう少し大人になって、おっぱいがふくらんできたらわからんがな」

「ちげえねえ! ガハハハッ!」


 ゲスな笑い声を立てる男たちを僕は無視した。

 そういえばルールーのときも借金取りだったな。

 ルールーの場合は病気のお父さんがした借金で、ルールー自身に非はなかったけど、ケモンシーのは身から出た錆である。

 こんなものを肩代わりしていいのだろうか?

 それでも僕はケモンシーを連れていこうとする借金取りをとめた。


「わかった、二人なら僕が立て替えるよ」

「え?」

「君だけじゃなく、君のお父さんにも働いてもらう。およそ三年間ね。その条件を飲むのなら借金を建て替えるよ」


 とりあえず様子見だ。

 海の家を建ててそこで働いてもらうとしよう。

 途中で逃げられるのならそれまでだ。

 信じた僕がばかだったということで諦めるまでである。


「ほ、本当に……?」


 男たちだけでなく、頼んだハーミーまでびっくりしていた。

 ケモンシーがふらふらと僕の方へ歩み寄った。


「若様、本当によろしいのですか? 初めて会った私たちを助けてくれるなんて……」

「まあ、一種の賭けみたいなものだよ」


 カジノには向いていない僕だけど、なんとなくこの賭けには勝てる気がしている。

 ガンダルシア島とその運命を信じてみよう。

 ケモンシーは僕に深々と頭を下げた。


「娘のためにもお願いします。これを機にギャンブルからは足を洗って、まじめに働くことを誓います」

「わかったよ。僕はセディー・ダンテス男爵。よろしくね」


 ケモンシーの借金は僕が金貨で建て替えた。

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