第71話 帰郷
陛下への謁見で帰宅が一日延びた。
叙爵の手続きなどでいろいろ大変だったけど、これでようやく家に帰れる。
「シャルは早く島に帰りたいであります! 都の草はまずいと、ルシオも言っているであります」
「ヒーン……」
きっとガンダルシア島の牧草が食べたいのだろう。
僕は元気のないルシオの耳の後ろをかいてやった。
「帰りは荷物がないぶん楽だからね。帰ったらいっぱい牧草を食べような」
そう言い聞かせるとルシオは嬉しそうにニカッと笑った。
ロバの笑顔ってかわいいんだよね。
僕らはお世話になったシンプソン伯爵によくお礼を言って出発した。
途中、デックルス広場の横を通ったのだけど、先日寄ったドーナツの屋台に行列ができていた。
数えてみると二十人くらいは並んでいるようだ。
アルバイトを雇ったのか店主のおじさんとはべつに、二人の若いお姉さんが忙しそうに働いている。
店のおじさんと目があったら、おじさんが小走りでこちらに駆けてきた。
「坊ちゃん、先日はありがとうございました。坊ちゃんのアドバイスを取り入れて新商品を作ったんですよ。おかげさまで、ご覧のとおり大繁盛です」
おじさんはドーナツがいっぱい入った紙袋を手渡してくれた。
シナモンシュガードーナツやジェリードーナツがたくさん入っている。
「どれも美味しそうですね」
「これはほんのお礼の気持ちです。どうぞお受け取り下さい。ところで、坊ちゃんはどこかへおでかけですか?」
「自分の領地へ帰るんです」
「ええっ!?」
「坊ちゃんは領地持ちの旦那さまでしたか。あの、お名前をうかがっても?」
「セディー・ダンテス……。セディー・ダンテス男爵です」
「これはおみそれいたしました。そうだ!」
とつぜん大声をあげたおじさんに僕は驚いてしまう。
「どうしました?」
「もしよろしかったら、ウチのドーナツを
正確に言うと前世の記憶なんだけどね……。
僕が考えたオリジナルというわけではない。
なんだか、前世でドーナツを考えた人々に申し訳がないな。
でも、それをいちいち説明しても仕方がないだろう。
場合によっては、頭がおかしくなっているとも思われかねない。
「か、かまいませんよ……」
多少の後ろめたさを感じながら僕は了承した。
それにしても男爵ドーナツねえ……。
男爵と名乗るのはまだ気恥ずかしかったけど、喜んでいるおじさんを見てたらそれでもいいかという気になってきた。
とにかく、大量の男爵ドーナツをもらったので道中のおやつには困らなさそうだった。
海沿いの道を歩いていると水平線の向こうにガンダルシア島が顔を出した。
都への長い旅もそろそろ終わりである。
「俺の見せ場がひとつもなかったが、平和なのはいいことさ」
ウーパーは満足そうにうなずいている。
僕もホッとしたよ。
だって、荷物には宮廷から支払われた1200万クラウン分の金貨があるのだから。
シャルがどれだけ力持ちで、ウーパーがどれだけ腕利きでも、やっぱり落ち着かないからね。
「お、検問所が見えてきたぜ。兵士はいないようだな」
懸け橋の入口に設置された検問所はそのままだったけど、兵士はいなくなっていた。
トンネルができたことを知って、居ても無駄だと悟ったのかもしれない。
この調子で海上封鎖の軍船もいなくなっているといいなあ。
トンネルの内部は島を出た日より照明が増えていて明るかった。
きっとノワルド先生とミオさんが頑張ってくれたのだろう。
「セディー様!」
穴倉のワインをチェックしに来ていたピノに出会った。
「おかえりなさいませ。私、みんなに知らせてきます!」
普段は無口なピノが大きな声をだして駆け出していく。
ああ、僕はガンダルシア島へ帰ってきたんだなあ。
セディー・ダンテス:レベル5
保有ポイント:50
幸福度:100%
島レベル:3
島に帰ってきて幸福度が100%になっている。
やっぱり島がいちばんだなあ。
アイランド・ツクールでは幸福度が100%のときに作業をすると、いろんなことが上手くいっていたな。
ちょっと疲れているけど、畑仕事をしてみようか。
ブドウの世話をして、ルシオのために牧草の種をまくとしよう。
「そんなことは明日でもいいじゃねえか。セディーはまじめすぎるぞ」
「いいんだよ、ウーパー。これは今日やらないと意味がないんだから」
「シャルもお手伝いするであります!」
僕とシャルは菜園に直行して、その足で畑の整備をした。
うまくいけばまたキラキラのぶどうと牧草が手に入るかもしれない。
そのとき、不意に天からの啓示がおりてきた。
あまりのことに体が震えている。
キラキラのぶどうを使って、幸福度100%の状態でワインを仕込んだらどうなるのだろうか……?
おそらく、シャトー・ガンダルシア・スペシャルを超えるワインができるはずだ。
だって、幸福度が99%になることはたまにあるけど、100%になるのはめったにないから。
とにかく今はブドウの世話をしよう。
そしてキラキラのぶどうを手に入れるのだ。
ワインを仕込む日に幸福度100%ではないかもしれないけど、すごく美味しいワインができ上るのは実証済みである。
少し疲れていたけれど、島に戻れた幸せを噛みしめながら僕は作業を開始した。
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