第70話 もうひとつのダンテス家


 新郎新婦はすてきだった。

 王太子殿下は誠実そうに見えたし、グラナダル妃殿下はたいへん美しい方だった。

 純白のドレスがよく似合っていらした……と思う。

 いやね、正直に言うと、遠すぎて詳しくは見えなかったのだ。

 僕らのいたテーブルはかなり後ろの方だったから。

 ということで、僕の興味はすぐ料理に移ってしまったのだけど、さすがは王宮、こちらはたいしたものだった。

 高級食材がふんだんに使われており、品数、量、品質のどれもが満足のゆくものだった。 

 宮廷お抱え料理人が作るだけのことはあるね。

 だけど、リンの料理だって負けていないと思うな。

 いや、僕の好みでいえば、リンの方が美味しく感じるのだ。

 上手く表現できないけど、彼女の料理には温かみ、柔軟性、可能性といったものを感じてしまう。

 ワクワクさせてくれたりホッとさせてくれたり、刺激的でありながら落ち着いている。

 そんな感じなのだ。


「セディー、見てごらんなさい」


 ユージェニーに指摘されて上座に目をやると、なにやら場がざわめいていた。


「なにかあったのかな?」

「気がつかない? ほら、給仕たちがワインを注いでいるでしょう?」

「シャトー・ガンダルシア・スペシャルか……」


 シャトー・ガンダルシア・スペシャルは百本しかないので、すべての招待客にはいきわたらないのだろう。

 提供されているのは王族と上級貴族だけのようだ。

 グラスに口をつけた人々がその美味しさに驚いている様子が遠くからでもわかるぞ。

 静かなざわめきが響き、ラベルを確認する人々の姿がここからでも見える。


「よかったわね、セディー。みんな気に入ってくれたみたいよ。これでワインの注文が増えるのではないかしら?」

「そう願うよ。あんまり欲しがられても困るけどね」


 キラキラのぶどうはいつなるかわからないのだ。

 でも、ガンダルシアのワインをみんなが買ってくれれば、それだけ島民のお給料も増やせるというものだ。

 それに僕には船や鉄道が必要であり、そのためには資金がいる。

 今回の売り上げは1200万クラウンになったけど、鉄道や船を揃えようと思ったらぜんぜん足りないもんね。

 まあ、地道に頑張るしかないか。

 僕は仔牛のフィレステーキにフォアグラを載せシュー皮で包んだ料理にフォークをさした。




 都での日々はあっという間に過ぎ、今日はもうガンダルシア島へ帰る日だ。

 ネタン市というところまでは運河を利用した船旅をすることにした。

 街道を行くよりは速いし、ずっと楽である。

 それにワインの売り上げのおかげで懐は暖かかった。

 荷物をまとめ、シンプソン伯爵にお礼を言っていたら来客があった。

 やってきたのはテルベルット子爵である。

 この人は宮内府の長官で、ガンダルシアワインを披露宴に推薦してくれた人物でもある。


「フィンダス地方に帰る前に子爵にお会いできてよかったです。もういちどお礼を申し上げたかったから」

「こちらも君の出発に間に合ってよかったよ。これから一緒に宮廷へ来てくれないか?」

「宮廷に? しかし、船の時刻が迫っていまして……」


 これを逃すとせっかく買ったチケットが無駄になってしまう。

 僕、シャル、ウーパーの三人分に加えて、ルシオと荷車の船賃も前払いしているのだ。

 テルベット子爵は申し訳なさそうに付け加えた。


「大きな声では言えないのだが、国王陛下が君に会いたがっている」

「陛下が?」

「陛下はすっかり君のワインを気に入ってしまってね」


 断れる雰囲気じゃないよなあ……。

 本当は早く帰りたいんだけど、わがままを言えば周囲に迷惑をかけてしまうかもしれない。


「承知しました、ご一緒いたしましょう」


 僕はおとなしくテルベルット子爵について王宮へ参内した。




 通されたのは謁見室ではなく、小さな居間だった。

 本日は公用ではなく、ごく個人的な面会だからこのような場所なのだろう。

 部屋の奥に進むと大きなソファーに座った国王陛下が出迎えてくれた。

 お腹がポッコリと出て、髪の少ない頭が光っているけど、顔はつやつやとして元気そうだ。

 御年六十歳にしては若々しい。


「そなたがセディー・ダンテスか。ふむ、目元がルゴーンに似ているな」


 ルゴーン・ダンテスは僕のおじいさまだ。

 おじいさまは宮廷に出仕していたことがある。


「ルゴーンは余が王太子の頃の目付け役でな、いろいろと叱られたものだ」

「そ、それは恐れ入ります」

「そうかしこまるな。ルゴーンは厳しいところもあったが、あれでおおらかなところもあってな、二人して宮廷を抜け出し、市井の居酒屋で酒を飲んだことなどしょっちゅうだ。当時の宰相にはよく怒られたものだ。うはははははっ!」


 じいちゃん……。


「そこにかけなさい。立ちっぱなしでは話もできんからな」


 陛下は僕に椅子をすすめ、お茶とお菓子でもてなしてくれた。


「呼びつけたのはセディーに頼みがあったからなのだ」

「私にできることなら、なんなりとお申し付けください」

「うむ、昨晩のワインのことだ」


 やっぱりそれか。

 なんとなく予想はしていたんだよね。

 地方領主にすぎない僕をわざわざ宮廷に呼び立てるなんて、それ以外に考えられないもの。


「どうだろうか、年に何本か余にも売ってほしいのだが」

「もちろん、私も陛下にお納めしたいのですが……」


 すでにシンプソン伯爵やテルベルット子爵らのお仲間が12万クラウンという値段で注文を入れているのだ。


「次回分はすでに完売しております。しかも、次はいつの出荷になるかはわからないのです」


 キラキラのぶどうが収穫できれば十二日くらいで出荷できるんだけどね。


「一本でも二本でもいい、なんとかならないだろうか? 悪いようにはしない」


 レストランに置くぶんを減らせば、それくらいはなんとかなるか。


「承知しました。自分用のボトルを陛下に献上しましょう」

「おおそうか! わけてくれるか! ならば余もセディーに報いなければなるまいな。よし、セディーには男爵の位を授けよう」

「は? ワインの見返りにですか?」

「あのワインにはそれくらいの価値があるということだ。その代わり、今後も優先的に販売してほしい」

「それはもう」


 爵位に興味はなかったけど、考えてみればメリットはいろいろあるんだよね。

 いちばんは通行税だ。

 旅人は国が定めた関所ごとに通行税を払わなければならない。

 ところが、貴族はその限りでないのだ。

 馬車一台ぶんまでなら荷物にも関税はかからない。

 この恩恵はかなり大きい。


「ありがとうございます。ワインは領地に戻りしだい、お送りいたします」

「うむ、楽しみにしているぞ」


 こうして、フラッドランド王国に二つめのダンテス家が誕生した。

 ひとつは本家のダンテス伯爵家。

 薔薇が添えられた王冠を守る二頭の狼が家の紋章である。

 もう一つは分家のダンテス男爵家。

 ハシバミの樹にとまる二羽のツグミが紋章となった。

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