第69話 下を向いて笑う


 結婚式の日になった。

 式典に参加するのは一部の偉い人たちだけなので、僕は披露宴からの参加となる。

 会場は宮廷内の大広間に設けられ、五百名ほどの参加者がいるそうだ。

 一張羅に着替えた僕はユージェニーをエスコートして会場へと続く廊下を歩いた。


「外国からのお客さんもたくさんいるんだね」


 見慣れない民族衣装をまとった賓客がたくさん歩いている。


「王太子殿下のご結婚なんだから当然よ」


 ダンテスの館も壮麗だったけど、ここはもう一段格式が上って感じだな。

 ふるさとのベルッカは港町だから、自由な気風が建築にもあらわれているのかもしれない。

 それに比べて都はずいぶんカッチリとしすぎている印象を受ける。


「ユージェニーも自分の結婚式は盛大にやりたいタイプ?」

「んー、どうだろう? あんまり興味はないわね。両親とか仲の良い人に祝ってもらえればそれでじゅうぶんだわ」


 なんともユージェニーらしい答えだった。

 披露宴会場に入る手前で見知った顔に出会った。

 はっきり言って会いたい人物ではなかったけど、これもさだめというものか……。

 気がつかないふりをして通りすぎようとしたのだけれど、向こうが僕に気づいてしまった。


「セディー……?」

「こんにちは、アレクセイ兄さん」


 豪華な礼装に身を包んだアレクセイ兄さんが僕を見て目をパチクリさせている。

 

「お前、島にいたのではなかったのか?」

「披露宴に招待されているので参上しました」

「し、しかしどうやって……?」


 シャルにトンネルを掘ってもらってだけど、教えてあげるほどお人好しじゃないよ。

 にっこりとほほ笑むだけにとどめておく。

 僕を閉じ込めてワイナリーの経営権を奪えなかったのが悔しいのだろう。

 アレクセイ兄さんのこめかみがピクピクしているぞ。


「兄上、そろそろ披露宴が始まりましょう。どうぞ、お席へ」


 披露宴の席順は身分によってぜんぜん違う。

 伯爵である兄さんは新郎新婦の近くだけど、爵位などない僕は末席のほうだ。

 ありがたいことである。

 これ以上兄さんと一緒にいてもろくなことにはならないだろう。

 アレクセイ兄さんに丁寧に頭を下げて僕は自分の席の方へ向かった。


 給仕人に案内されて僕らはテーブルに着いた。

 すぐ横には中年夫妻が座っている。

 こういう場には慣れていないようで、幾分そわそわしている印象だ。

 同じテーブルを共にするのだから、お互い気持ちよく過ごしたいものだ。

 僕らは礼を失しないようにあいさつした。


「ガンダルシア島の領主でセディー・ダンテスと申します。本日はよろしくお願いします」


 その紳士はすぐに立ち上がり僕と握手してくれた。


「トゴノフ男爵と申します。よろしくお願いします」


 男爵は細身で奥様は恰幅のいいご婦人だ。


「ダンテスさんと申しますと、ダンテス伯爵のお身内の方ですか?」

「当主のアレクセイは私の兄です」


 意地悪ですけどね!


「これはこれは、すごい方とお知り合いになれた。私などは男爵と申しましても新興の貴族でして……」


 そんなに卑屈にならなくてもいいのに、と思ってしまう。


「僕なんて爵位もない貴族ですよ。本日はこの披露宴に領地で作ったワインをお納めしたのですが、そのワインを気に入ってくださった王太子殿下が招待してくださったのです。本来はこのような場所にいられるような身分ではありません」

「ご謙遜を。殿下に気に入られるようなワインを作られるとはすばらしい!」


 トゴノフ男爵はしきりに感心してくれた。


「そこへいくと、私は金で爵位を買ったようなものですよ。たまたま領地の山から錫が産出されて、それで財を築いたのです」

「錫ですか。有益な金属ですね」


 鉱物のことはノワルド先生にいろいろ教えてもらっているぞ。

 錫は比較的柔らかい金属で加工がしやすいという特徴がある。

 融点もおよそ232度と低いのだ。


「おかげさまで儲かっておりますよ。最近では鉄板に錫をコーティングしたブリキというものを作りましてね、これを建材として売り出しています」

「ちょっと待ってください、ブリキですか?」

「ダンテスさんはご存じですか?」


 ブリキってたしか、缶詰の素材だよね?


「ちょ、ちょっと失礼」


 僕はこっそりとステータスボードを開いた。

 みんなには見えないので、僕がなにをしているかはわからないだろう。

 僕はステータスボードをフリックして目的のものを探した。

 たしか、前に見たことがあったはずだ……。


 缶シーラー:缶詰をパックする機械

 必要ポイント:6


 そう、これだ!

 もしブリキの缶と蓋があれば、ガンダルシアでも缶詰を作れるようになるぞ。

 瓶詰は重くて壊れやすいという欠点があるけど、缶詰ならそれも解消されるのだ。


「トゴノフ男爵は金属の加工もおやりですか?」

「もちろんです。ご要望があればなんでも承りますよ」


 僕らの会話は新郎の父である国王陛下が入室されて中断された。

 臣下たちが一斉に席を立つ中で、トゴノフ男爵は目立たないよう僕の手に自分の名刺を滑り込ませた。


「なにかございましたら、いつでもご連絡ください」

「ありがとうございます」


 思わぬところで思わぬ進展があったものだ。

 陛下にお辞儀しながら僕は満面の笑顔を隠し切れずにいた。

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