第68話 都へ出発
ステータス画面を眺めているとトンネルの方からガタゴトという音がして、荷車をつけたルシオが姿を現した。
ルシオの
「トンネルが開通したとミオが知らせてくれたんだ。このまま出発しちまおう」
「出発しちまおうって、ウーパーもついてくるの?」
「今回ばかりはダメとは言わせないぞ。都までは遠いし、途中では
ウーパーは長剣を背負い、すでに旅支度だ。
強面のウーパーがいれば、ちょっかいを出してくる輩も減るか……。
「それにしても気が早いね。まだ夜明け前なのに」
「その方がいいさ。検問所の奴らに見られることなく出発できるからな。ダンテス伯爵には俺たちがまだ島にいると思わせておこう」
兄さんのことだから、運搬を邪魔しに来ることだって考えられるもんね。
さすがに他領へ兵を送ることはしないだろうけど、無頼の徒にみせかけて襲撃するなんてことならしかねない。
だったらすぐに出発するべきだろう。
準備はすでに万端で、荷車にはワインの他に僕の荷物も乗っていた。
「街道まではシャルが荷車を運ぶであります」
ここは森の中だからそうしてもらうしかないな。
シャルは軽々と荷物ごと荷車を担ぎ上げて歩き出した。
寝起きで不機嫌そうなルシオがそのあとを追う。
「それじゃあみんな、行ってきます」
僕もみんなに別れを告げて、ヤマバトが鳴き始めた森の中を歩きだした。
好天が続き旅は快調だった。
大きなトラブルもなく二日で都に着いたよ。
本来なら三日はかかる距離なんだけど、これもシャルのおかげである。
旅程のほとんどでシャルが荷車を引っ張ってくれたのだ。
疲れたルシオまで荷車に乗せて運んだから、道行く人もびっくりしていた。
だって、幼女がロバを運んでいるのだもの。
普通は逆だよね。
「父上、大量の人間の気配がするであります!」
元気よく歩いているシャルが教えてくれた。
「あと少しで都だからだよ」
「おお! 都には数えきれないほどの人間がいるのですね」
「そうだよ。シャルにはそれがわかるんだね」
「いろいろな声、いろいろな匂い、ぜんぶ感じるであります!」
「シャル、そろそろ荷車を引っ張るのをルシオと交代して。このままだと野次馬が集まってきそうだからね」
ロバを乗せた荷車を担ぐ幼女がいれば、見物人が集まって来て前に進めなくなってしまうかもしれない。
こうしてそのまましばらく歩くと、ついに都の城壁が見えてきた。
フラッドランド王国の都ルイーダスである。
人口はおよそ三万人。
おもな産業は巨大ダンジョンから算出される魔石である。
ルイーダスに来るのは久しぶりのことだ。
今は亡き父上に連れてきてもらったのが二年前である。
そのときは「十六歳になったらセディーも社交界に顔を売らなければならない」なんて言われていたんだよ。
父上がお亡くなりになったから、そんな計画もなくなってしまったけどね。
ほら、アレクセイ兄さんになにかを期待するのは間違っているだろう?
そんな僕が宮廷の披露宴に招かれるんだから、人生はなにが起こるか想像もつかないなあ。
僕たちはまっすぐシンプソン伯爵の別邸に向かった。
シンプソン家の別邸に到着するとユージェニーとシンプソン伯爵が僕たちを迎えてくれた。
都に滞在する間は、こちらに泊まらせてもらうことになっているのだ。
「いらっしゃい、セディー。ようやく到着したわね」
「えー、予定より一日早く到着したじゃないか」
シンプソン伯爵が笑って僕らを宥める。
「ユージェはずっと君のことを心配していたのだよ。一日中窓辺に張り付いて、君の姿を探していたんだから」
「お父様! 私は一日中窓辺になんていませんからねっ!」
ユージェニーは頬を膨らませていたけど、きっと僕を心配してくれていたのだろう。
シンプソン伯爵が僕にたずねてくる。
「旅は順調だったかい?」
「なんのトラブルもありませんでしたよ。出発のとき以外は」
「出発のときになにがあったのだね?」
僕はアレクセイ兄さんとのことをシンプソン伯爵に説明した。
「そう言ったわけで、ご領地につながるトンネルを掘ってしまいました。どうぞお許しください」
「いや、それはかまわないよ。だが、気になるな。こんど私も視察に行くとしよう」
「そのときはお供します。それからご提案もあります」
「ほう、提案かい? セディー君が言うのだから、きっとおもしろいことなんだろうね?」
「実は魔導鉄道というものがございまして……」
その午後はシンプソン伯爵とユージェニーに鉄道の概念を説明した。
シンプソン伯爵の別邸でひと休みして、ワインを王宮に納めた。
大任を果たしてようやく肩の荷が下りたよ。
特にやることもなかった僕らはぶらぶらと都見物をしながら通りを歩いた。
そしてやってきたのがデックルス広場だ。
広場には大道芸を見せるパフォーマーや見物客、新聞やタバコなどを売るキオスク、食べ物の屋台などがひしめき合っている。
都にはこのような広場が多い。
「父上、いい匂いがいっぱいするでありますね」
シャルはウズウズと両腕を動かしながら鼻を上げて匂いをかいでいる。
初めて見る屋台に興奮しているのだろう。
「なにが食べたい? いっぱい頑張ってくれたからご褒美になんでも買ってあげるよ」
「のっほぉう! ど、どれにしましょう……、いっぱいありすぎて迷ってしまうであります」
キョロキョロと周囲を見まわす僕らの耳に、元気のよい呼び込みの声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! ドーナツはいかがですか? ルイーダスでいちばん新しいスイーツ、ドーナツだよ!」
屋台でドーナツを揚げていた。
といっても前世でお馴染みだったリング型ではなく、小さな塊状のドーナツだ。
どちらかというと……、そう、サーターアンダギー!
たしか、沖縄のお菓子だよね。
「父上、シャルはドーナツを食べてみたいであります!」
「うん、僕も食べてみたいな。それじゃあ買ってみよう」
近づいていくと屋台のおじさんは嬉しそうに手をあげた。
「いらっしゃいませ、お坊ちゃま。ドーナツはいかがですか?」
「二つもらうよ。売っているのは一種類?」
そう訊くとおじさんは不思議そうな顔をした。
「ドーナツはドーナツですよ。種類なんてござんせん」
「そうなんだ……」
前世の記憶だといろんな種類があったんだけどなあ。
モチモチした食感のとか、クリームが挟んであったり、よくわからない金色の粒粒がふってあったりね。
「他にいったいどんなドーナツがあるっていうんです?」
「そうだなあ……、中にジャムを入れるっていうのはどう?」
ジェリードーナツってやつだね。
そうそう、日本人の子どもだった僕は、ジェリードーナツとはゼリーが入っているドーナツだと思い込んでいた時期があったんだ。
ジェリーはゼリーじゃなくてジャムのことだったんだ。
それはそうだよね。
ドーナツにゼリーなんて入れたら、揚げている最中にとけてしまうもの。
「ドーナツにジャム……」
おじさんは僕の話を聞いて考え込んでいる。
「あの、二つ欲しいんですけど」
「あ、こりゃあ失礼しました」
串に刺したドーナツをおじさんは僕らに手渡してくれた。
なんだか懐かしい味がするなあ。
外側がカリカリで、じんわり甘くて、脂っぽくて、まさに罪な味って感じだ。
シャルも喜んでほおばっている。
「ところで坊ちゃん、他になにかいいアイデアはありませんかね?」
「うーん……、シナモンシュガーをかけたり、レモン風味の糖衣をかけたり、カスタードクリームを挟んだりするのはどうかな?」
それくらいなら簡単にできそうだ。
チョコレートは高級品だから屋台で出すのは無理だろう。
庶民が買えるような値段じゃなくなってしまう。
「なるほど! 勉強になりました。ありがとうございました」
おじさんはそう言って、僕とシャルにドーナツを一つずつおまけしてくれた。
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