第67話 ガンダルシア島脱出作戦


 島の住人はオーベルジュの食堂に集まり、今後の対策について話し合った。

 まず解決しなければならないのは王宮に納めるワインについてだ。

 手をあげてウーパーが発言する。


「奇襲をかければ封鎖は突破できる。明け方に俺が単独でやろう」


 先ほど検問所を偵察してきたところ、詰めている兵士は十人ほどだった。

 夜もかがり火をたいて厳重な警備を敷いている。

 まったくもって迷惑な話だ。

 あれではレストランに来るお客さんも入りづらいだろう。

 バリケードも組まれていたけど、ウーパーなら簡単に突破できる規模だったな。

 でも、だからといって奇襲を許すことはできない。


「戦闘は却下するよ。ことを大事にしたくないし、雇われている兵士を傷つけるのはかわいそうだからね」


 兵士の中には見知った顔もいた。

 ダンテスの屋敷にいたころ幾度ともなく言葉を交わした人々だ。

 彼らだってやりたくてこんなことをしているわけじゃないだろう。

 こんどはリンが提案する。


「ユージェニーさんにギアンで運んでもらうというのはどうかな? ダンテス伯爵がいくら横暴でも、シンプソン家の令嬢に攻撃は仕掛けられないんじゃない?」

「たしかにそうだけど、ユージェニーはいま都なんだ。おそらく、こちらに来ることはないよ」


 僕のパートナーとしてパーティーに参加するため、すでに都で宿泊中なのだ。

 僕らは向こうで落ち合うことになっている。


「うーん、うーん……」


 シャルがなにやら気張っているぞ。


「シャル、具合が悪いの?」

「違うであります。脱皮をすれば成長できるかと思いまして。成長すれば空も飛べるはずであります」

「無理をしなくていいからね」


 ノワルド先生もうなずいている。


「龍が空を飛べるようになるまで五十年はかかると言われているのだ。そんなに焦ってはいけないよ」

「でも、シャルが飛べないと父上は困ってしまいます」

「ありがとう、シャルは優しいね」

「優しいのは父上であります。穴を掘って疲れ果てていたシャルを助けてくれたのは父上ではないですか」


 そんなこともあったなあ。

 出会ったときは小さなトカゲみたいだったのに、それが今ではこんなに大きくなった。


「シャルは父上のおかげで大きくなれました。でも、まだ空は飛べません。シャルは役立たずであります……」


 しょんぼりするシャルの肩を抱き寄せる。


「バカなことを言ったらいけないよ。シャルはいつだって僕を助けてくれるじゃないか。畑の大岩をどかしたり、重い荷物を運んでくれたり。こんなにいい子は世界中探したってどこにもいないさ」

「気休めはいらないであります。飛べない龍はただの龍でありますよ……。どうせ、シャルなんて穴を掘るしか能のない、つまらない最強種であります。そう、穴を掘るしか……」


 落ち込んでいたシャルが突然顔を上げた。


「穴であります!」

「どうしたの、シャル?」

「父上、来てください!」


 シャルは僕の手を掴んでオーベルジュの外へ飛び出した。



 シャルに引っ張られてやってきたのはワインなどを貯蔵しておく穴倉だった。


「シャル、こんなところにきてどうしようっていうの?」

「この穴を掘るのでありますよ!」


 大穴は緩やかな斜面が百メートルほど続いて道は平らになる。

 その平らな道をさらに五十メートルほど歩くと行き止まりになるのだ。

 行き止まりになっている場所はおそらく海の下だろう。

 だけど、穴を塞ぐ岩の隙間からは常に風が吹きこんでいる。

 陸地のどこかへ続いているのではないかと推測しているけど、まだ調査はしていなかった。


「あの岩をどかせばきっと向こう側へいけるはずであります」


 この島はダンテス伯爵領とシンプソン伯爵領の境界に位置している。

 穴はシンプソン領方面へ伸びているので、ダンテス伯爵領には入らずに通り抜けられるかもしれない。


「でも、危険じゃないかな?」

「穴掘りは得意であります。シャルにやらせてください。こうやって穴を掘って、土魔法で固めるであります」


 シャルは手で岩を砕き、魔法で固めている。

 ノワルド先生が固まった地盤を確かめた。


「驚くべき魔法だな。これだけの硬度があれば問題ないだろう」


 披露宴までにワインを届けるには、もうそれしかないかもしれない。


「わかった。シャルにお願いするよ。僕を助けて」

「お任せください、父上!」


 シャルはさっそく作業に取り掛かった。


「ウーパーとルールーは旅の支度をお願い。メドックとピノはワインのラベル張りと積み込みを続けて。ドウシルとカウシルはシャルを手伝ってあげてね。リンとメアリーはみんなの夜食を作ってあげて」


 ノワルド先生が僕の肩に手を置いた。


「我々は魔導ランタンを作成するとしよう。たとえトンネルが繋がっても、暗いままでは危ないからね」


 みんながそれぞれ仕事に取り掛かった。


 シャルの働きぶりは猛烈だった。

 ドラゴンクローで岩を粉々にしては固める、を繰り返し、すでに1キロメートルくらいは掘り進めている。

 僕とノワルド先生とミオさんは50メートルおきに魔導ランタンを設置した。

 真っ暗なトンネルでは頼りない灯りだけど、それでもないよりはずっといい。


「少なくとも20メートルに一つは必要だな」

「今は仕方がないですよ、先生」


 作ったばかりの魔導ランタンを壁に取り付けていると、トンネルの奥からシャルの声がした。


「父上、来てください!」


 急いで駆けつけると、シャルがトンネルの途中に立っていた。


「どうしたの?」

「見てください。岩をとりのぞいたら、道が続いていたであります」


 目の前の空間はシャルが掘ったのではないとのことだ。

 おそらく、大昔はトンネルがあったのだけど、長い年月のうちに忘れられたのだろう。


「とにかく進んでみよう。気をつけて」

「大丈夫、魔物の気配はないでありますよ。水漏れの音もありません」


 ドラゴンアイとドラゴンイアーは恐るべき力を持っている。

 シャルがそういうのなら心配ない。

 魔導ランタンで照らしながら道を進むと300メートルくらい先でまた行き止まりになった。

 大きな岩が道を塞いでいるのは先ほどと同じだ。

 ノワルド先生が地図を見ながら確認している。


「そろそろ陸地に着くころだ。おそらくシンプソン領のどこかだが、計測器がないと何とも言えないな」

「このまま突貫するであります!」


 わずかな疲れも見せずにシャルは大きな岩に挑みかかった。

 穴はみるみるうちに広がり、人や荷車が通れる広さになっていく。

 それからしばらくして、ひときわ大きな風が僕の頬をなでたかと思ったら、シャルが大声を上げた。


「つながったであります!」


 ついにトンネルが貫通したようだ。

 さて、どこに出たのだろうか?

 外に出てみるとそこは森に囲まれた岩山だった。

 見晴らしのいいところまで出て確認すると、遠くの方にかがり火が揺れているのを発見した。

 あれは検問所の灯りだな。

 どうやらここは架け橋とルボンの中間地点くらいのようだ。

 現在地が確認できると突然ステータスボードが開いた。


 鉄道・地下鉄作製の一部条件が解放されました。

 条件:海底トンネルの復活・島レベル3以上・運転士一名の確保。

 説明:ガンダルシア島から陸地までの地下鉄を運航できます。

 必要ポイント:40

 必要資金:2000万クラウン


 思い出した!

 前世には鉄道という公共交通機関があったよね。

 線路の上を走る箱みたいな乗り物だ。

 僕も通学や通勤にこれを使っていた気がするなあ。

 すっかり忘れていたよ。

 そういえば、アイランド・ツクール2には鉄道が実装されるという話を聞いたことがあるぞ。

 僕はアイランド・ツクール2はやっていないと思うけど、この世界での魔導鉄道は有効だったのか。

 この場所に駅ができればガンダルシア島へ来るのも便利になりそうだ。

 シンプソン伯爵に相談すれば、ルボンまでの鉄道を開通させてくれるかもしれない。

 そうなればかなり便利になるだろう。

 今はまだ資金が足りないけれど、ワインを売ったお金が手に入れば、線路を引くことも夢じゃない。

 僕はうっとりと説明画面を読み返した。

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