第66話 またまたアレクセイ兄さんがやってきた


 結婚披露宴の日が迫り、僕たちはワインの出荷に向けて大わらわだった。

 ワインの瓶詰はすべて終わり、今は穴倉でラベルを張りながら木箱に詰めている最中だ。

 運送の途中で瓶が破損してはならないので、荷造りには細心の注意を払っている。


「ルシオが疲れたら、シャルが引っ張るであります!」


 都まで三日はかかるので、シャルの存在はありがたい。

 シャルならどれだけ荷車を引っ張っても疲れ知らずだ。

 ただ見た目は五歳児だから、児童虐待を疑われそうで怖くもある。

 それに、シャルは調子に乗ってスピードを上げすぎるのも心配だ。

 緩衝材をたっぷりと入れておくとしよう。

 明日はいよいよ都に向けて出発だ。

 予定では披露宴の二日前に到着できるけど、それでもギリギリのスケジュールである。

 荷造りは今晩中に終わらせなくてはならない。

 メドックやピノと一緒に忙しく働いていると、青い顔をしたメアリーがワイナリーに駆け込んできた。


「セディー坊ちゃま、大変です。アレクセイ様がいらっしゃいました!」

「またきたの?」


 やれやれ、この忙しいときになんの用だというのだろう?

 また島を明け渡せという話だろうか。

 ここはもうダンテス領じゃないんだから、勝手を言うのはやめてもらいたい。

 面会している時間も惜しいのだけど、会わないわけにはいかないか……。

 作業はメドックとピノに任させて、僕はコテージに戻った。


 コテージではアレクセイ兄さんが仁王立ちで僕を待っていた。

 そして、あいさつもそこそこに、わけのわからない発言をしてくる。


「どうだセディー、少しは懲りたか?」

「は? なにを懲りたというのでしょう? ちょっと意味が分からないのですが……」

「商売のことだ。ダンテス領で取引ができなくなって困っただろう?」

「それはまあ……」


 お世話になったエマさんに商品を納品できなくなったからね。

 僕の答えに満足したのか兄さんはにんまりと笑顔になった。


「ふん、意地を張るお前が悪いのだぞ。だが、お前はかわいい弟だ。なんならまたダンテス領で商売をさせてやってもいいのだぞ。それに、もう島を売り渡せとは言わん」

「本当ですか?」


 かわいがられた記憶はないけど、エマさんとの取引が再開できるのなら文句はない。

 だけど、続く兄さんの言葉はとても受け入れられないものだった。


「そのかわりワイナリーの経営権を私に売るのだ」


 そういうことか……。

 アレクセイ兄さんはヴィンテージワインの噂をどこかで聞きつけたのだろう。

 それでこんな無茶を言い出したんだな。


「嫌です」

「なんだと⁉」


 兄さんがびっくりしている。

 拒否されるとは思わなかったのかな?

 そっちの方がびっくりだよ!

 まあ、父上亡き今、兄さんはやりたい放題だろう。

 貴族の力が強いこの国で、金のある伯爵に正面からたてつくなんて、国王でもやらないことだからね。

 

「私は島をまるごと寄越せと言っているのではない。ワイナリーの経営権を売れと言っているのだ」

「お断りします。僕にはなんのメリットもありませんから」


 はっきりと拒否すると、兄さんは低い声で脅してきた。


「いいのか? 私に経営権を売らないなら、取引だけじゃない、今後一切ダンテス領への立ち入りを禁止するぞ」

「どういうことですか?」

「ダンテス領に入った時点でお前を逮捕する。すでに島の入り口には検問所を設けた。橋を渡ったところはもうダンテス領だからな」


 なんてことをするんだ、兄さんは。

 ベルッカには父上と母上のお墓だってあるというのに。

 それに、オーベルジュの経営も困難になってしまうぞ。

 ガンダルシア島の食料自給率は高いけど、すべてを島の中で賄えるわけではないのだ。

 しばらくはボートでルボンの街へ行くしか――。


「そうそう、ついでに海上も封鎖する」

「そんな横暴な!」

「私は自分の領海を守るために軍船を出しているに過ぎない。お前のところのボートが侵入してきたら沈めてやるから覚悟しておけよ」


 なんてことだ。

 まさかここまでやるとは思ってもみなかった。


「どうだ、私に経営権を売る気になったか?」

「……しばらく考えさせてください」


 アレクセイ兄さんは余裕の笑みを浮かべてうなずく。


「いいだろう、じっくりと考えることだ。まあ、答えは一つしかないだろうがな。うははははははっ!」


 肩を揺らして笑いながらアレクセイ兄さんは出て行った。

 これは困ったことになったぞ。

 何がたいへんかって、このままだと王宮にワインを納品できない。

 ボートが使えればルボンの港まで出て荷車を借りるという手もあったけど、海上まで封鎖されるとは思ってもみなかったな。

 どたどたと足音がしてドウシルが駆け込んできた。


「坊ちゃん、たいへんだ! 橋の入り口が封鎖されましたぜ」


 ルールーもやってきた。


「沖合に大きな船が停泊してこちらを見張っていますぅ」


 普段と変わらずのんびりした口調ながら、ルールーは怯えている。

 兄さんは本気で僕からワイナリーを取り上げたいようだ。


 セディー・ダンテス:レベル5

 保有ポイント:32

 幸福度:44%

 島レベル:3


 うわ、幸福度の最低記録が更新されてしまったぞ。

 披露宴のワインはなんとしても届けなければならないけど、僕一人ではいい知恵は浮かばない。

 みんなの力を借りるとしよう。


「ドウシル、ルールー、島のみんなを呼んできて。オーベルジュの食堂に集まってもらうんだ」


 僕らは手分けして、島民を呼びに回った。

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