第65話 シンプソン伯爵からの手紙

 シンプソン伯爵から手紙が届いた。


 ごきげんよう、セディー君。島での暮らしは順調かい?

 私はまだまだ都暮らしが続きそうだ。フィンダス地方が恋しくなっているよ。

 君との約束を守って、ワイン好きの友人を集めてガンダルシア産ワインの品評会をした。

 まずは普通のワインを飲んでもらったのだが、参加者の誰もが驚いていたぞ。これが5千クラウンで買えるとは信じられないと口をそろえていた。さっそく注文が入っているくらいだ。ポリマーの商人を通じて赤と白を二樽ずつ卸してもらえないだろうか?


 シンプソン伯爵の手紙はこんなふうに始まっていた。


「伯爵のおかげでさらにワインが売れたよ」

「そのようね。でも、大切なことはその先に書いてあるはずよ。早く続きを読んでちょうだい」

「わかった。えーと……」


 さて、ここからが本題だ。

 その晩の品評会では、れいのヴィンテージワインもふるまった。参加者は十二人もいたので、一人につきほんのひと口になってしまったがね。

 だが、結果は素晴らしかったよ。みんなが驚き、興奮した彼らが私のもとに詰め寄ってきたくらいだ。『これはもうないのか?』『どうすれば買える?』と、えらい剣幕でね。あの狂乱を君にも見せてあげたかったくらいさ。

 こちらは特別なワインで、限定100本であることは説明した。君が正直に話してくれたとおり、来月か再来月になったら、また100本の追加があるかもしれないことも話してある。

 そういった前提で協議した結果、一本につき12万クラウンでどうかということになった。

 この値段に対して、我々にやましいところは一つもないことだけは明言しておこう。ワインの品質にふさわしい対価を、誠実に提示しているつもりだ。もちろんセディー君が不満足なら改めて値段をつけなおしてくれ。


 僕は手紙から顔を上げた。


「一本につき12万クラウンだって。この値段ならいつかは小型船が買えるかもしれないな。急いで船着き場も作らなきゃ」

「よかったわね。でも、手紙にはまだ続きがあるでしょう?」

「そうだね、いまから読むよ」


 さて、先ほど『ここからが本題だ』と書いてしまったが、本当の本題はここからだ。

 その晩の品評会にはテルベルット子爵も参加していた。

 彼は私の古くからの友人であり、王宮の宮内府を取りまとめる長官だ。

 宮内府というのは宮廷の日課や儀式の調整をする役所で、食に関してもそこが担当している。

 そのテルベルット子爵から打診があったのだが、このヴィンテージワインを近くおこなわれる王太子殿下の結婚披露宴で賓客に振舞いたいそうだが、いかがなものだろうか?


「た、大変だ。ガンダルシア島のワインが王宮の披露宴で振舞われるなんて予想もしていなかったよ」

「すごいわね、セディー。親友として私も鼻が高いわ」


 僕はその場で了承の手紙を書いた。

 さっそく出荷の準備をしなくてはならない。


「手紙は私がギアンに乗って直接お父様にお届けするから安心して」

「頼んだよ。僕らは出荷の準備をしておくから」


 結婚披露宴まであと十日ほどだ。

 瓶詰が終わり次第出発しないと間に合わなくなる。

 喜びを分かち合い、協力を得るため、島のみんなにこのことを報告した。

 ガンダルシア産のワインが結婚披露宴で振舞われることに、島のみんなはとても喜んでくれた。

 メドックとピノは感動して泣きだしてしまったくらいだ。


「これで念願だった船が買えるかもしれないよ」


 船があれば出荷はそれだけ楽になる。

 

「船のことなら任せておいてくだい」


 ルールーが胸を張った。


「うん、船長はルールーにお願いするよ」

「あ、でも、大きすぎる船だと私では扱えないですぅ」

「さすがにそこまで大きな船は買えないよ。船着き場もまだ小さいんだから」


 桟橋を船着き場にグレードアップしたのだ。

 だいぶ資金を使ってしまったけど、これも先行投資と思えば悔いはない。


 作製可能なもの:船着き場(小)

 説明:小型船の係留が可能な船着き場。

 必要ポイント:10

 必要資金:40万クラウン


 水深はあまりないけど、石とコンクリートを素材にした立派な船着き場だよ。

 通路も広く、荷車をつけたルシオだって楽に侵入、回転ができるようになっている。

 将来的には船着き場の近くに倉庫を建てたら便利だろう。

 あとはワインを販売したお金で船を購入するだけになっている。

 新品を造船するにはお金が心許ないけど、中古船ならいいものが買えるだろう。

 夢はますます広がるばかりだった。



 三日後、ユージェニーがシンプソン伯爵からの返信を届けてくれた。

 手紙によると、披露宴の前日までにワインを届けてほしいと書いてある。

 しかも、味見をした皇太子殿下がワインをたいそう気に入って、僕も披露宴へ招待されることになってしまったのだ。

 納品のついでに王宮へ行って披露宴に参加してくれとのことだった。


「都ではセディーのワインの噂が流れ始めているんですって」

「そのようだね。予想もしていなかった騒ぎになってびっくりしているよ」

「あら、普段は落ち着いているセディーが?」

「そりゃあそうだよ。伯爵家の者とはいえ、三男の僕が王宮へ行くなんて考えたこともなかったから」


 参内するにしたって、もう少し歳をとってからのことだと思っていたのだ。

 一通りの儀礼は習っているので問題はないと思うけど、多少は緊張してしまうよ。


「お父様からこれも預かってきたわ」


 ユージェニーが寄越したのはワインのラベルである。

 宮廷画家のナンチャラさんが王太子殿下の結婚披露宴に合わせて特別にデザインしたもので、ハシバミの下で寄り添う新郎新婦の姿が描かれている。フラッドランド王国でハシバミの樹は幸運の象徴とされているのだ。

 しかも小さくはあるけど『シャトー・ガンダルシア・スペシャル』の文字まで入っているではないか。

 今日から大急ぎでラベルを張っていかないとね。

 添えられたメモを読んだ。


「えーと……、こちらのハシバミの紋章は王太子殿下からセディー君への贈り物です。こちらを家紋として使うようにとの伝言です、だって……」

「すごいじゃない!」


 フラッドランド王国の臣民としてはこの上なく栄誉なことである。

 今後はハシバミの樹にとまる二羽のツグミがガンダルシアの紋章だ。


「ところでユージェニー、一つお願いがあるんだけど」

「あら、なにかしら?」

「実は、披露宴にはパートナーと二人で招待されているんだ。よかったら、僕のパートナーとして一緒に参加してくれないかな?」


 ユージェニーは小さな手で自分の口を覆った。


「セディー……」

「ダメかな?」

「そんなことない。ユージェニー・シンプソンは謹んでパートナーのお誘いをお受けしますわ」


 僕はユージェニーの手をとり、深々とお辞儀した。


   ***


 都へ出発する朝、アレクセイは朝食のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 経済面や政治面に軽く目を通し、お目当ての競馬記事にたどり着く。


「見てみろ、セバスチャン。ミナトノヨウコが三位に入賞しているぞ。やはり俺の予想は当たったな。あれは必ず大成すると言っただろう?」

「伯爵のご慧眼、さすがでございます」


自分が目をかけていた馬が大舞台で入賞し、アレクセイはご機嫌である。


「それにしても最近のフィンダス通信は広告ばかりだな。なんだ、この髭剃り専用の石鹸というのは? ラベンダーの香りがするからどうだというのだ?」


 ぺらぺらとしゃべりながら新聞をめくっていたアレクセイの手が止まった。

 アレクセイの視線は文化面の下段に注がれている。

 一般的にそれほど重要ではない記事が書かれている場所だ。


「どういうことだ、これは!」


 激高するアレクセイを宥めながらセバスチャンも新聞に目を走らせる。


『王太子殿下の披露宴に饗される特別なワイン シャトー・ガンダルシア・スペシャル』


 この見出しを見つけて驚いたのはセバスチャンも同じだった。


「まさか、セディー様のワイナリーでございますか?」

「そのようだ。宮内府のテルベルット子爵直々の推薦と書いてある」

「テルベルット子爵といえば、我が国有数の食通グルメではございませんか!」


 アレクセイはなにも言わずに試案を巡らせていたが、やおら席を立った。


「セディーのところへ行くぞ。馬車を用意しろ」


 セバスチャンはため息をこらえつつ、深々と一礼した。

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