第64話 暖かくなりました

 春も真っ盛りとなった。

 ガンダルシア島では穏やかで温かい風が吹いている。

 桜の花がきれいだなあ……。

 アイランド・ツクールではこの時期限定で桜の花が咲いていたっけ。

 それはこのガンダルシア島でも同じで、なんとソメイヨシノが咲いている。

 こんな種類の桜はフィンダス地方にはないはずだぞ。

 やっぱりここはゲームの世界なんだなあ。

 日に日に気温が上がったので、冷たい新作スイーツを開発したよ。

 僕が栽培したマスクメロンを二つ割りにして、種をくりぬいた部分にソフトクリームを盛りつけたものだ。

 なんのことはない、メロンの収穫をしているときに、前世のテレビで観たものを思い出したのである。

 あれ、食べたかったんだよなあ。

 食べ物への執着は時空を超えるようだ。

 さっそくリンに頼んでソフトクリームを開発してもらった。


「これだよ、これ!」


 大きなメロンを二つ割りなので迫力は満点だ。

 果汁たっぷりのメロンにソフトクリームを絡めて食べる贅沢がたまらない。


「父上は天才であります! シャルは父上のことがますます好きになってしまいました!」


 シャルも大喜びで食べているぞ。

 すでに一個を平らげ、二個目に取り掛かっているくらいだ。


「見た目のインパクトがすごいし、味もいい。店でも出してみましょう」


 リンも気に入ってお店に出すようにしたんだけど、これがルボンの市民にうけた。

 連日お客さんがやってくるほど人気が出てしまったのだ。

 最近のガンダルシア島はちょっとしたデートスポットである。

 カップルだけじゃなくて家族連れがやってくることも多い。

 みんなのお目当ては桜の花とメロンソフトクリームだ。

 お花見をしながら食べられるようにと、ホットドッグの屋台を出したら、これまた大成功だった。

 ポール兄さんの牧場で作ったソーセージは美味しいからね。

 観光収入が少しだけアップして僕も満足である。

 これで、みんなのお給料を上げられるからね。

 この調子なら、夏に向けて海水浴ができるように海岸を整備しようか?

 トイレを設置すれば利用客も喜ぶに違いない。

 夢はどんどん膨らんでいく。

 瓶詰やワインの生産も順調だよ。

 アレクセイ兄さんのせいでダンテス領では商売ができなくなってしまったけど、シンプソン領での売り上げは伸びている。

 よく売れるから畑を広げようかとも思ったけど、それはやめておいた。

 手が足りないからだ。

 メドックとピノは働き者だけど、兄妹を頼りすぎるのはよくないだろう。

 ガンダルシア島はブラック企業とは違うのだ。

 あまり欲はかかず、今くらいの規模でのんびりやっていくのがいいと思う。

 とはいえ、ぶどうは三日で収穫できるので、仕込みも三日ごとに可能だ。

 樽は次から次へと増えている。

 キラキラのぶどうはあれ以来なっていないけど、そのうち光る実をつけるだろう。

 そのときはまた最高のワインを仕込んでみんなに喜んでもらうぞ。

 このように僕の生活は充実していた。


   ***


 執務室で紅茶を飲んでいたダンテス伯爵は不意に思い出して家令のセバスチャンに質問した。


「そういえば、瓶詰のことでセディーは何か言ってきたか? ダンテス領で商売ができなくなってそろそろ音を上げたころだろう」


 エマとの商売を邪魔してやれば、セディーは島の権利を放棄するだろうと、アレクセイはもくろんでいる。

 そうなればしめたものだ。

 だが自分も鬼ではない。

 悪い噂が立つのも面倒なので、兄としてセディーに学校くらいは行かせてやるつもりだった。

 他人からの評価はともかく、アレクセイは自分を悪人だとは思っていない。

 この男の自己評価はそれくらい甘いのである。

 それはさておき、セバスチャンの返事は芳しいものではなかった。


「それが、シンプソン領で販路を見出だしたようでございまして……」

「チッ、シンプソン伯爵か」


 吐き捨てるように言ったアレクセイだったが、さすがにシンプソン伯爵に苦情を言うわけにはいかないくらいの分別は持ち合わせていた。


「こんなことなら島を取り上げようとはせず、商品を安く買いたたいてやればよかったな。失敗した」


 不貞腐れるアレクセイをセバスチャンはなんとかとりなそうと必死だ。


「よろしいではないですか。どうせ瓶詰の売り上げなど微々たるものでございます」

「まあ、それはそうだがな」


 じっさいのところ、ダンテス伯爵の商売の規模に比べれば、ガンダルシア島の売り上げなどたいしたものではないのだ。

 アレクセイは気持ちを切り替えるように顔を手のひらでこすった。


「まあいい、セディーのことは放っておくとしよう。ところでワインの売れ行きは順調か?」

「それが、ほんのわずかですが売り上げが減っております」

「どういうことだ?」

「シンプソン領に出荷する分が少しだけ……。現在調査中ですが、どこからか、いいワインが入って来ているのかもしれません」


 自領で作られるワインの品質が最高でないことはアレクセイも心得ている。


「引き続き販路拡大を目指せ」


 アレクセイは不機嫌そうに腕を組んだ。


   ***


 鉱石の勉強をしていたら、ユージェニーがギアンに乗ってやってきた。

 少し頬が紅潮して、やや興奮した様子だけど、なにがあったのだろうか?


「やあ、ユージェニー。よく来たね。キルシュに漬けたサクランボがあるけど食べていく?」


 これをホイップした生クリームと一緒に食べるととても美味しい。

 サクランボのキルシュ漬けは食品加工場の新商品であり、カウシル一押しの目玉商品だ。

 カウシルはこれの食べ過ぎでまた少し太ってしまったほどである。

 だけど、ユージェニーはそれどころではなかった。


「それはあとでいただくわ。それよりも大変よ、セディー。都に行っているお父様から手紙が届いたの。はい、これはあなた宛てよ」


 手渡された書状には達筆で『セディー・ダンテス君へ』と記されている。


「伯爵は字が上手いなあ」

「そんなことはいいから早く手紙を読んで! 私宛の手紙にもあらましは書いてあったけど、大変なことになっているみたいだから」


 ユージェニーにせかされて封筒を開き、手紙に目を通した。

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