第59話 ワインを仕込む

 ぶどうの種をまいてから三日が経った。

 樹は生き生きと成長して、りっぱな成木になっている。

 ただ、さすがにまだ実はつけていない。

 果実がなるまで、あと三日は必要だろう。

 シャルとぶどう畑の整備をしてから、納屋の建設に取り掛かった。

 こちらはワイン造りのための施設である。

 ワイナリーを作ることができればいいのだけど、僕のレベルはまだそこまで到達していないようだ。

 きっと必要条件がそろっていないのだろう。

 仕方がないから今は作業用の納屋を作るにとどめて、まずは小規模な醸造家を目指すとしよう。



 作製可能なもの:納屋

 説明:農具などを置いておく家屋。作業もできる。二階と小さな地下室もある。

 必要ポイント:3

 


 3ポイントを消費して石造りの納屋を建てた。


「なんにもないであります」


 空っぽの納屋を覗き込んでシャルが首をかしげている。


「必要なものはこれから手に入れるんだよ」


 ステータス画面でワイン造りに必要なものを確認しながら、ポイントを使って設備を整えた。

 まずは茎や枝を取り除き、ぶどうの皮をかるく潰す機械を導入した。

 次に発酵させるためのタンク。

 発酵した果汁を絞るための圧搾機。

 それから貯蔵・熟成させるための樽だ。

 生産量は少ないので、樽は小さめのものを四つくらいにしておこうか。

 あまり大きくても取り扱いに困るからね。

 ポイントを大量に消費してしまったので残っているのは12だけだ。

 しばらくは節約生活をしないとならないだろう。


「シャルはやっぱりワインよりも、そのままぶどうを食べたいであります」


 お酒を飲めないシャルは、ぶどうをワインにすることに納得がいっていないようだ。


「でもね、ぶどうを絞ればジュースになるんだよ」

「ジュースに……?」

「そうさ。お酒になる前の甘いジュースならシャルも好きだろう?」

「大好きであります」

「それに、そのジュースがあればリンがシャーベットを作ってくれるかもしれない」

「シャーベット?」

「冷たいスイーツのこと。リンは料理用の氷冷魔法が使えるからね」

「ふぉお! シャルはぶどうの収穫が楽しみであります!」


 どうやら機嫌を直してくれたらしい。

 おそらく収穫は三日後になるだろう。

 ドウシルとカウシルに手伝ってもらって、その日からワイン造りを始めるぞ。


 それから毎朝畑仕事に精を出し、予想どおり三日後にはぶどうを収穫できるようになった。

 今日収穫する黒ぶどうは粒が大きく皮が厚い。

 試食してみたけど、渋みが少なく、程よい酸味と甘みがある。

 これを使えば上品な赤ワインになるだろう。

 本日はドウシルとカウシルの他にウーパーやミオさんまで収穫を手伝いに来てくれた。


「宿泊のお客さんはいないけど、ウーパーまで来なくてもいいんだよ」

「そんなこと言ったって、気になるじゃねえか。今からワインを仕込むんだろう?」


 ウーパーはお酒が大好きだもんね。

 人手はいくらあっても困らないから文句を言う理由もないか。

 ぶどう畑の広さは種類ごとに百平米ほどだけど、それでも収穫量はたくさんだ。


「よーし、それじゃあ収穫していこう。今日中に赤ワインの仕込みをしてしまうからね!」


 その日のうちに黒ぶどうをすべて収穫した。

 白ワイン用は明日にしよう。


「坊ちゃん、次は何をやるんですか? もぐもぐ」


 収穫したばかりのぶどうをつまみ食いしながらカウシルが聞いてくる。


「収穫したぶどうを桶に入れて洗うんだ。洗い終わったぶどうはあっちの機械に入れてね」


 洗いすぎると皮についている天然酵母が流れ落ちてしまうので注意が必要だ。

 みんなでエッサホイサとぶどうを機械の開口部に放り込んだ。


「さて、機械を動かすよ。大きな音がするけど驚かないでね」


 機械が動き出し、ぶどうから茎や枝を外していく。

 潰されたぶどうの甘い匂いが納屋に立ち込めて、シャルとカウシルはうっとりしている。

 ミオさんはこわごわと機械を見つめていた。


「これ、どうやって動いているんですか?」

「魔石を使って動かしているんだよ。発酵タンクにも魔石が使われるんだ。そろそろ洞窟へ行って魔石を補充してこないといけないな」

「それなら私が行ってきますよ」

「ミオさんが?」

「スパイだった私をセディーさんはここに置いてくれています。私も役に立ちたいんです」

「でも、ミオさんだけじゃ危ないよ」

「これでも私は元冒険者です。それにここの洞窟は都のダンジョンみたいに危険じゃありませんから」


 洞窟のレベルは上げていないので、出てくる魔物はレベルの低いものばかりだ。

 ダンジョンになれているミオさんなら遅れを取ることもなさそうだ。


「じゃあ、お願いしようかな。でも、手が空いている人がいるときは、なるべく誰かと一緒に入ってね。僕も時間があれば手伝うから」

「シャルも手伝うであります! 最強種であります!」

「俺も暇なときは付き合うぜ」


 シャルやウーパーがいてくれれば問題ないだろう。


 作業が終了して機械がとまった。

 出来上出来上がったのは果汁、果肉、皮などが混ぜ合わさった果醪かもろみと呼ばれるものである。

 これを発酵タンクに移し、ワイン酵母を混ぜて、その日の作業は終了した。

 ウーパーは満面の笑みでタンクを見つめている。


「頼むから美味いワインになってくれよ。発酵が終了するまで一から二週間ってところか?」


 普通はそれくらいだろう。

 だけど、ここはガンダルシア島である。


「たぶん、三日で終わると思うよ」

「そんなに早くかっ⁉」

「うん、そのあとの熟成も三日だと思う」


 本来は三週間から一か月は待たないと透明なワインにはならないんだけどね。


「やっぱりこの島はとんでもねえな」


 黙っていたけど、ガンダルシア島のすごさはそれだけじゃない。

 場合によっては樽で数年寝かせることもあるのだけど、その工程も三日ですんでしまうだろう。

 果醪をタンクに入れて十分もしないうちにブクブクと泡が出てきた。

 発酵が始まっているようだ。

 ウーパーはタンクの窓から飽きもせずに発酵の様子を眺めている。


「そろそろ味見ができるかな?」

「それはまだ!」


 さすがのガンダルシア島でも、十分でワインはできないよ。

 ガスが出なくなったら果醪を圧搾機で絞り、三日寝かせて完成なのだ。

 味見をするならその時かな。


「ああ、待ちきれねえやっ!」


 子どもの僕が言うのもなんだけど、こんなときのウーパーは子どもみたいだった。

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