第58話 地道に稼ごう


 いいことと悪いことは交互にやってくる。

 生活も収入も安定してきたと思ったらアレクセイ兄さんの横やりが入って、エマさんと取引ができなくなってしまった。

 どうしようと悩んでいたらシンプソン伯爵が助けてくれた。

 おかげで、ポリマーの街で販路を獲得できた。

 レストランは今日も盛況だ。

 明日には宿泊の予約も入っている。

 だけどなあ……。

 あの兄さんが、このままおとなしく引き下がるとも思えない。。

 ぼんやりしていたらメアリーに心配されてしまった。


「セディー坊ちゃま、どうされたのですか? 浮かない顔をして」

「なんでもないよ。少し考え事をしていただけだから」


 優しい乳母に心配はかけたくない。

 ふと、見るとテーブルの上に新聞が置いてあった。


「あれ、忘れ物かな?」

「いえいえ、先ほど食事をされていた方が置いていかれたものです。読み終わったので処分しておいてほしいと頼まれました」


 この世界にも新聞はある。

 これは『フィンダス通信』。

 ダンテス領やシンプソン領などを含むフィンダス地方の新聞だ。

 ダンテスの屋敷には配達されていたけど、ガンダルシア島へ移ってから見るのは初めてだな。

 さすがにここまでは配達してもらえないのだ。

 僕は椅子に座って新聞をめくった。

 一面は王太子殿下のご成婚についての記事だった。

 都ではまもなく盛大な結婚式が行われるそうだ。

 きっとアレクセイ兄さんやシンプソン伯爵は参加されるのだろう。

 僕のような地方領主には関係ない話だけどね。

 続いてめくったところは経済蘭だったが、僕の目に信じられない記事が飛び込んできた。

 カジノ・ワイワイヤル・グループ、続々と閉店。

 ど、どういうこと!?

 カジノ・ワイワイヤル・グループの株を買ったのはつい先日のことだぞ。

 それなのに、閉店って……。

 うわ、株価が十分の一以下に下がっている!

 記事を読んでみると、カジノ・ワイワイヤル・グループは手を広げすぎて採算が取れなくなってしまったらしい。

 多角経営が恐ろしいほど失敗してしまったようだ。

 マッショリーニ氏、なにやってんのぉっ!

 三十万クラウンで買った株も、いまや三万クラウン以下の値打ちになっている。

 いや、マッショリーニ氏だけが悪いわけじゃない。

 短期間で大儲けをしようと考えた僕が愚かだったのだ。


 セディー・ダンテス:レベル4

 保有ポイント:24

 幸福度:49%

 島レベル:2


 はあ、あまりのショックに幸福度がこれまでにないくらい下がっている。

 やはり地道に頑張って出荷量を増やしていかなくてはならないな。

 堅実がいちばん大切なのだ。

 でも、どうやって稼ごうか?

 瓶詰の販売は順調だけど、いきなり増産しても販売先がない。

 こんなときにアイランド・ツクールならどうしたっけ?

 考えていると厨房の方からリンとウーパーの会話が聞こえてきた。


「ウーパー、ルボンまで買い出しに行ってきて。ワインの在庫が少なくなっているの」

「おう、じゃあセディーに頼んでルシオを借りるか。ロバが来てくれたから買い物が楽になったぜ」

「本当にね。あと、デンメルチーズがあったらそれも一つ」


 ワインは重いから今日もルシオが大活躍だ。

 キラキラの牧草を食べたおかげで若返り、すっかり力強くなっている。

 今日も役に立ってくれるだろう。

 まてよ……。

 そうだ、ワインだよ!

 アイランド・ツクールではワインを作るとウソみたいに高値で売れたんだよね。

 お酒は需要があるからいくらでも売れるのだ。

 ビールでもいいんだけど、ワインの方が販売価格は高かった気がするぞ。

 それに、ここではぶどうが三日おきになる。

 しかもぶどうの品質はいわずもがなだ。

 ワインを作って売り出せば、評判になるに違いない。

 オーベルジュでオリジナルワインを出すことだってできるじゃないか!


「あら、今度はずいぶんご機嫌なお顔になりましたね」


 メアリーが僕を見てほほ笑んだ。


「うん、いいことを思いついたんだ。ちょっと出かけてくるよ」


 まずはぶどう畑を作るとしよう。

 ポイントはたくさんあるからなんの問題もない。


 コテージ前の空き地を広げてぶどう専用の畑を作った。

 相変わらず雑草が生え、岩が転がっているなあ。

 まずはこれを片付けなくちゃ。


「父上、何をしているのでありますか?」


 作業をしていると、髪を濡らしたシャルが帰ってきた。

 ルールーの漁を手伝ってきたのだろう。


「今からここをぶどう畑にするんだよ」

「ふぉおお! シャルはぶどうが大好きであります!」

「そうだね。今度はそのぶどうを使ってワインを作るんだ」


 シャルは頬を膨らます。


「ワインにしなくてもぶどうのまま食べた方が美味しいであります……」

「シャルはその方が好きだもんね。でも大丈夫、ぶどうはたくさん作るんだよ」

「いっぱいでありますか?」

「食べきれないほどね」

「だったら大賛成であります!」


 シャルは喜び勇んで畑の岩をどかし始めた。


「畑の整備ですか? 私もお手伝いします」


 通りかかったミオさんが手伝いを申し出てくれた。

 今はオーベルジュに泊まってもらっているけど、ミオさんの家も作らないといけないな。


「それじゃあ、ここは二人に任せてもいいかな?」

「セディーさんはどちらに?」

「僕はぶどうの種か苗を探しにルボンへ行ってくるよ」


 サンババーノに相談すれば何とかなるかもしれない。

 魔女たちへのお土産にパイナップルの瓶詰を持って僕は出かけた。



 ルボンの街の裏路地のそのまた奥にその店はあった。

『高級魔法道具専門店 サンババーノ 高額買い取りやっています』

 ここは三姉妹の魔女が経営する魔法道具屋で僕も常連の一人である。

 いまにも倒れそうな斜めのドアを開けて店に入ると、いつもどおり三人の魔女が正面に座っていた。


「いらっしゃい……」


 陰気な声の老婆は三女のスモマ。


「ふん、また来たようだね。用件をさっさと言いな」


 攻撃的なのは二女のミドマ。


「坊や、よく来てくれたね。さあ、迷わずにおあがんなさい」


 比較的やさしいのは長女のビグマである。


「坊や、ずいぶんと久しぶりだね。どうして来なかったんだい?」


 それはビグマたちが喧嘩をしていたからである。

 不毛な姉妹喧嘩に巻き込まれるのが嫌だったので、しばらく距離を置いていたのだ。

 ようすから見て、どうやらビグマとミドマの争いは終結したようだ。

 どういうふうに決着がついたのか聞いてみたい気もするけど、話を蒸し返してこじれるのは避けた方がいいだろう。

 そのことには触れず、僕はお土産を渡した。


「いろいろと忙しかったんだよ。はい、パイナップルのシロップ漬けだよ。ガンダルシア島で作ったんだ」

「坊やは律儀だね。そういうところがかわいくて大好きなんだよ。今日は買い取りかい?」


 ビグマはにこにこしながら瓶詰を受け取っていた。


「今日はちょっと相談があってきたんだ。ルボンの街で種を扱っている店はあるかな? ぶどうの種か苗が欲しいんだ」

「ぶどうをねえ。もしよかったらこれを持っていくかい? 誰か、奥にあるぶどうを持ってきておくれ!」


 ビグマが声をかけると使用人が銀の大盆を持ってきてくれた。

 盆には黒ぶどうとマスカットのような緑色のぶどうの二種類が乗っている。

 つやつやと輝いていて、まるで柘榴石とエメラルドみたいだ。


「すごい! どうしてこんな季節にぶどうがあるの?」


 季節はまだ春のはじめである。

 ガンダルシア島ならいざ知らず、普通に考えたら収穫は不可能だぞ。

 それこそ温室でもなければ作れない。


「ラビア国の商人が置いて行ったのさ。立派なものだろう?」


 ラビアは南の国で、国土のほとんどが乾燥地帯と習ったぞ。

 だけど高い山のふもとでは農業も盛んだとも聞いている。

 赤道に近いからこんな季節でもふどうが採れるのだろう。


「ビグマ、このぶどうを一房ずつ売ってくれないかな?」

「それは売り物じゃなくて私らのおやつなんだがね」

「頼むよ」

「坊やがそういうんなら、二房ずつあげよう。そのかわり半分は黄龍様に差し上げておくれ。私たちからだと言ってね」


 サンババーノの魔女たちは龍神を信仰する一族なんだよね。

 だから黄龍であるシャルにとても気を遣っているのだ。


「ありがとう、シャルにもよく言っておくね」


 ひょんなことからぶどうが手に入ったぞ。

 このぶどうをいただいて、種を丁寧に取り出してみよう。

 種なしぶどうじゃないよね?

 店の外で一粒だけ食べてみたけど、ちゃんと種は入っていた。

 どちらもジューシーで美味しいぶどうだ。

 これでぶどうは何とかなるかもしれない。

 帰ったらさっそく種を畑に蒔いてみよう。

 僕は意気揚々と島に戻った。

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