第57話 カブ
元気になったルシオに荷車をつなぎ、ポリマーの街へ行くことにした。
「大丈夫か? 俺がついて行った方が……」
れいによってウーパーの心配病が発症している。
さっきからソワソワと荷車の周りをうろちょろしているのだ。
「シャルも一緒だから心配はいらないって。ウーパーはオーベルジュの方を頼むよ。今日は宿泊のお客さんもいるんだから」
「でもよぉ……」
なおも渋るウーパーを残し、僕とシャルとルシオはのんびりと街道を歩き始めた。
「シャルが引っ張った方が速いであります」
「瓶詰を運んでいるのだからこれくらいでちょうどいいんだよ。スピードを出しすぎたら瓶が割れてしまうだろう?」
「でも、シャルも引っ張りたいであります」
シャルはルシオにいいところを見せたいようだ。
「それじゃあ、ルシオが疲れてきたらお願いね」
じっさいシャルが引っ張れば事足りるのだが、いつもシャルが荷物を運ぶというわけにはいかない。
今日ははじめての取引だから僕が行くけど、今後の納品はドウシルとカウシルに任せることになるだろう。
そうなれば二人とルシオに頑張ってもらわなくてはならなくなる。
シャルが手伝ってくれたおかげで、お昼前にはポリマーの街に到着した。
ここはシンプソン領でも二番目に大きな街で、港には背の高い建物がたくさん並んでいる。
教えてもらった商会のビルも少し気後れしてしまうほど立派だ。
だけど、シンプソン伯爵の紹介状の力は絶大で、僕らは有力な商人に歓迎された。
「いい品を納品いただいてこちらもありがたいです。実を言えばもう引き合いが来ているのですよ」
「もうですか!」
「事前にシンプソン伯爵からサンプルをいただいていましたからね。あれを見た貿易商が自分の船に積み込みたいと考えたのですよ」
「ありがたいことです。ご注文いただければ来週には新しい荷物をお届けに上がりますよ」
納品も無事に終わり、僕はようやく一息つくことができた。
これでメアリーや兄弟に給料が払えると思うと安心だ。
でも、もっと輸出するにはやっぱり船が必要だよね。
「父上は船が欲しいのですか?」
「そりゃあそうさ。大きな船があればもっとたくさん荷物を運べるんだよ」
そのためには桟橋をもう少し整備しないとならないだろう。
今のままでは水深が浅すぎる。
それに大き目の船を係留するには桟橋は脆弱すぎるのだ。
しかも船は非常に値段が高い。
ボートなら数十万クラウンで買えるだろうけど、帆の張れるタイプとなると、小型船でも三百万クラウンはするだろう。
「まだ船は買えないのですね」
「そうだね、もっと貯金をしないと」
おしゃべりをしている僕らの前に立派な建物があらわれた。
真鍮で縁取られた看板には『証券取引所』と書いてある。
証券取引所……。
「そうだ、カブだよ!」
「カブなら畑に種をまいたばかりであります。食べられるのはもう少しあとですよ」
「ちがう、ちがう。僕が言っているのは野菜のカブじゃないんだ」
ここは証券取引、つまり株式売買を行うところである。
思い返してみると、アイランド・ツクールにも株売買のシステムがあったぞ。
買った株の値段が上がれば大儲けができるのだ。
僕はあまり得意じゃなかったけど、資産を増やしてレアアイテムを手に入れた友だちもいたよなあ。
忘れていたけど、この世界にも株はある。
始めるには資金が必要だけど、ポール兄さんがルシオをただで譲ってくれたおかげで余裕はあるのだ。
とりあえずちょっと見てみようか。
「シャル、僕はここに用事があるから、ルシオと一緒に待っていてくれるかな?」
「承知しました! ルシオ、お留守番ですよ」
「クゥオ~」
シャルが一緒ならルシオと荷車が盗まれることもないだろう。
僕は興味津々で証券取引所に入ってみた。
子どもが入ってきたので証券マンは怪訝そうな顔をしたけど、僕の服装を見て考えを変えたようだ。
思った以上に丁寧な態度で接してくれた。
「いらっしゃいませ、どういったご用向きでしょうか?」
「こんにちは、株を買ってみたいのですが、こちらで売買は可能ですか?」
「もちろんでございます。お客様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「セディー・ダンテスです」
「ああ、ダンテス伯爵のご縁者で?」
「弟です」
仲はよくないけどね。
僕がダンテス家の者だとわかるとすぐに応接間に通され、紅茶がふるまわれた。
「セディー様は株式についてはご存じでしょうか?」
「家庭教師からあらましは聞いています」
前世の知識もあるし、アイランド・ツクール内での知識もある。
それにジャケットの隠しポケットにはへそくりの金貨が三枚入っていた。
今日の売り上げはドウシルたちの給料だから手をつけるわけにはいかないけど、こちらなら投資に回してもいいだろう。
まずは口座を作り、三十万クラウン分の株券を買うことにした。
「どちらの会社にいたしましょうか?」
証券マンが持ってきた企業のリストをめくっていたら、知っている会社の名前が目に留まった。
『カジノ・ワイワイヤル・グループ』
これは兄さんの友人であるマッショリーニさんの経営する会社じゃないか。
そういえば、マッショリーニさんはとても羽振りがよさそうだったよな……。
僕がカジノ・ワイワイヤル・グループの説明を読んでいると、証券マンも笑顔で勧めてきた。
「業績のいい会社ですよ。店舗も順調に増えています。カジノ業だけでなくホテル業にも参画していて、株価は上昇中です」
そう言うことならマッショリーニさんの会社の株を買うのも悪くない。
「それではカジノ・ワイワイヤル・グループの株をお願いします」
手数料を別に支払い、三十万クラウン分の株を購入した。
株は下がることもあれば、上がることもある。
アイランド・ツクールでもそうだった。
債券だから野菜と違って腐ることはない。
しばらくは様子見だ。
マッショリーニさん、お願いしますよ。
必要な手続きを済ませてシャルとルシオが待つ通りへ戻った。
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