第56話 ルシオ


 三日後、時間ができた僕はポール兄さんのところへ一人で出かけた。

 そしてアレクセイ兄さんのことを相談した。


「まったく、兄貴も大人げない」

「僕もそう思うよ」

「セディーは子どもらしさに欠けているがな」


 兄さんは苦笑している。


「そうかなあ? でもしょうがないよ、十二歳で屋敷を追い出されたんだから。僕だって無邪気なお坊ちゃまのままでいたかったさ」

「そういうところが子どもらしくないのだ。だが、お前はよくやっているよ」


 褒められてしまった。


「ところで、兄さんのところにロバはいないかな? こんどの出荷先はポリマーだから、荷馬車を引くロバが欲しいんだ」

「いるにはいるのだが……」


 兄さんの態度は煮え切らない。

 僕にお金がないと思っているのかな?

 これでもそれなりに稼いでいるんだぞ。


「四十万クラウンくらいまでなら出せるんだ。僕にロバを売ってよ」

「いや、金の問題ではないのだ」

「どうしたの?」

「見てもらった方が早いな。ちょっと来てくれ」


 ポール兄さんに連れられて家畜小屋へと向かった。


 小屋にいたのは年老いたロバだった。


「今いるロバはこいつだけなんだ」


 なるほど、ポール兄さんが申し訳なさそうな顔をするわけだ。

 そこにいたのは、お世辞にも元気がよさそうとは言えないロバだった。

 毛は薄い灰色でつやはまったくない。

 目も生気がなく、目やにがいっぱいたまっているぞ。

 重い荷物なんてこのロバには引けないかもしれない。


「この子は何歳なの?」

「三十歳だ。ロバの寿命は二十五年から五十年ってところだから、じいさんといってもさしつかえない年齢だな。見てのとおりしょぼくれている」


 おとぎ話だと、ロバは頭の悪い動物として描かれることが多い。

 だけど、じっさいは賢い動物である。

 人間の指示だってちゃんと理解できるのだ。

 おじいさん扱いしたら気を悪くしてしまうかもしれない。


「兄さん、このロバの名前は?」

「ルシオだ」


 僕はルシオに向き直った。


「やあ、ルシオ。僕はセディー。実は仕事で困っているんだ。僕のところで荷車を引いてほしいんだけど、どうだい?」


 ルシオは僕を見つめながら「クゥオーッ!」と鳴いた。

 予想よりずっと高い声だ。

 ロバってこんな感じに鳴くんだね。

 なんとなくだけど、「行ってやってもいいよ」と言っている気がする。


「兄さん、ルシオを引き取るならいくらかかる?」

「ただでいい。この間の宴会の礼だ。めずらしいものをたくさん食べさせてもらったし、友人たちも喜んでいた。ついでに古い荷車もつけてやるから持っていくといい」

「でも……」

「こっちは牧場も村も順調だ。遠慮するな」


 ルシオに小さな荷車をつけてもらい、僕はガンダルシアへと戻った。

 ひどい兄もいれば優しい兄もいる。

「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったものだと思った。



 ルシオを見た島の人々の反応は微妙だった。


「これで荷物が引けますかね?」


 カウシルはしきりと首をひねっている。

 瓶詰は重いから心配になるのは無理もない。

 僕だってルシオの体調が気になるよ。

 だけど、シャルは張り切っている。

 ルシオを迎え入れるのがうれしくて仕方がないようだ。


「よく来たであります。今日からルシオも仲間でありますね。シャルがお姉ちゃんとしていろいろ教えてあげますからね」


 シャルの方がずっと年下だけど、お姉さん風を吹かせたいようだ。


「ルシオ、お腹は空いていますか?」

「クゥオ!」

「そうですか。今、美味しい草を食べさせてあげるであります。父上、牧草を食べさせてもいいでありますか?」

「もちろんだよ。すぐに収穫してしまおう」


 種をまいたのは三日前だから今日は収穫日だ。

 さっそく刈り取ろうと畑に行ったのだが、そこで僕らは驚いた。


「父上、牧草がキラキラ光っているであります!」

「シャルにもそう見える? 僕の錯覚じゃないんだね」


 思い出したぞ、これはアイランド・ツクールにもあったエフェクトだ。

 特に出来のよい作物はこんなふうにキラキラ光るんだよね。

 こうした農作物で作る料理はとても価値が高くなったり、効果が優れたりするのだ。


「ルシオ、特上の牧草をいっぱい食べて元気になるでありますよ!」

「クゥオ!」


 光る牧草はとても美味しいようで、ルシオはひたすらモショモショと口を動かしていた。



 翌朝、僕はシャルの叫び声で起こされた。


「父上、起きてください! 早く、早く!」


 声は外から聞こえてくる。

 いったい何事かと目をこすりながら外に出るとシャルとルシオが玄関の前に立っていた。


「おはようございます!」

「クウォッ!」

「はいはい、おはよう。シャルもルシオも朝から元気だね……」


 元気?

 シャルが元気なのはいつものことだ。

 だけどルシオは……。

 僕は改めてルシオの姿を確認した。

 ゴワゴワだった毛並みがよくなっている!

 目やにもなくなり、目に生気が溢れているぞ。


「ひょっとして、光る牧草を食べて元気になったのかな?」

「きっとそうですよ。ガンダルシアの野菜は美味しいですから! 今朝はトウモロコシの芯を食べさせるであります」


 トウモロコシの芯は栄養があり、うちのヤギも大好きだ。

 きっとルシオも喜ぶだろう。


「クォ! クォ! クォ!」


 ルシオは嬉しそうにコテージ前の広場を走り出した。


「なんて言っているんだろう?」

「体が楽だ、走れるぞ、と言っているでありますね」


 本当に元気になったんだな。

 これならポリマーまで荷車を引いても平気だろう。

 畑に新しい牧草の種をまいてから、僕らは朝食の準備に取りかかった。

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