第55話 捨てる神あれば拾う神あり


 ユージェニーが両親とオーベルジュへやってきた。

 シンプソン伯爵は細身の長身で、銀色の髪を後ろに流している。

 柔和で温厚そうな紳士だけど、芯の強さも持ち合わせているタイプだ。

 堅実な領地経営は評判で、誰からも尊敬される貴族である。

 また、シンプソン夫人は控えめで優しいご婦人だ。

 どちらかというと、ユージェニーは父親に似たのだろう。

 都から帰ってきたばかりのせいか、シンプソン伯爵は少し疲れているようだった。

 ユージェニーからも特に頼まれていたから、今夜はツバメの巣のスープでもてなすことにしてある。

 奇跡のスープは今夜もその効力を発揮して、喜ぶシンプソン伯爵の声にも張りが出てきたいた。


「ユージェに話は聞いていたが、これはすごい。体の底から活力が湧いてくるようだよ」


 奥様もそわそわしているぞ。

 肌に張り、髪にコシが出てきたと言われたから、自分で確かめたいのだろう。

 鏡を見たい衝動を必死で抑えているように見受けられる。

 今日は他にお客さんもいないから、少々マナー違反をしてもいいんじゃないかな。


「奥様、肩のところに花びらが……、どうぞご自分でお取りください」


 僕は大きめの姿見を広げてシンプソン夫人の横に立った。

 季節は晩冬で花はまだ咲いていない。

 肩に花びらなんてついてないことは奥様だってわかっていただろう。

 ちょっと粋な計らいというやつだ。

 奥様はごみを払うふりをして自分の容姿を確かめていた。


「セディー君、本当にありがとう」


 自分の姿を確認したシンプソン夫人の頬が紅潮している。

 きっと満足したに違いない。

 シンプソン伯爵もうれしそうだ。


「ガンダルシア島は実に面白い場所だね。ユージェがこの島に入り浸っているのも仕方がないな」

「そうよ、お父様。ここは本当に不思議な島なんですもの」

「大好きなセディー君もいるしなあ」

「お父様! デリカシーのないことを言わないでください」


 ユージェニーは少し怒っているけど、その気持ちはよくわかる。

 大人ってどうしてああいうふうにからかうんだろうね?

 気まずくなるからやめてほしいよ。

 それでもディナーは楽しく進み、メインディッシュも残さず食べてもらうことができた。

 このようにレストランは順調だけど、僕の心配の種は尽きない。

 それは瓶詰のことだ。

 アレクセイ兄さんのせいでダンテス領の商人とは取引ができなくなってしまったからだ。

 今日、エマさんが正式に取引ができなくなったことを手紙で告げてきた。

 向こうにもアレクセイ兄さんからの横やりが入ったそうだ。

 ドウシルとカウシルの仕事も慣れてきて、本人たちはたくさん瓶詰を作りたがっている。

 二人とも仕事熱心なのだ。

 だけど、販売先が見つからなければ在庫がだぶついてしまう。

 二人に給料を払うこともできなくなってしまうのだ。

 浮かない顔をしていたのだろう、シンプソン伯爵が声をかけてくれた。


「セディー君、悩みごとのようだね。まあ、娘からあらましは聞いているがね」

「お耳汚し、失礼いたしました」


 ユージェニーにはアレクセイ兄さんとの衝突は話してある。

 シンプソン伯爵はユージェニーから僕の苦境を聞いたのだろう。


「その瓶詰とやらを見せてくれないかな?」


 突然の申し出だったけど、ひょっとしたらシンプソン伯爵が買ってくれるかもしれない、そんな淡い期待が僕の心をくすぐった。

 少しでも在庫をさばいて、ドウシルたちの頑張りに報いたいからね。

 レストランの厨房にも瓶詰があったので、僕はすぐに持ってきて並べた。

 栗のシロップ煮、鴨のコンフィ、リンゴとナシのコンポート、オイルサーディン、パイナップルのシロップ漬け、野菜のピクルス、こうしてみると種類が増えたな。

 レパートリーがあるのはいいことだ。


「これが保存食になるとは信じられん。そもそもこれは何だね?」


 シンプソン伯爵はパイナップルの瓶詰をしげしげと眺めている。


「パイナップルという果物のシロップ漬けです。少し召し上がってみますか?」

「ふむ、いただいてみよう」


 食事はもうデザートにさしかかる頃合いだ。

 リンに頼んでデザートのお皿に添えてもらった。


「美味しい! これなら冒険のおともにぴったりね。セディー、私にも三つほどちょうだい」

「ユージェ!」


 はしゃぐユージェニーをシンプソン夫人がたしなめている。

 ギアンに乗ってあちこち出かけることを、夫人はよく思っていないのだろう。

 あとでこっそりと渡しておくか……。


「おてんば娘のおやつはともかく、これはいい品だ。よし、シンプソン領の商人を紹介してあげよう。私が推薦しなくても、これなら喜んで買ってくれると思うけどね」

「ありがとうございます!」


 シンプソン伯爵はその場で紹介状を書いてくれた。



 後日、商人への手紙はミオさんが届けてくれた。

 ミオさんは自分がスパイをしていたことにずっとしょげていて、少しでも役に立ちたいと言ってくれたのだ。

 アレクセイ兄さんとの縁ももう切るそうだ。

 行くところもないそうなので、しばらくこの島に残ってもらうことにした。

 今はオーベルジュや食品加工場の手伝い、ノワルド先生の助手のようなこともしてくれている。

 もと冒険者なので洞窟の探索も得意なのだ。

 みんな、ミオさんが熱心に働いてくれると喜んでいる。

 しばらくはこのままでいいだろう。



 なんだかんだとあったけど、契約はうまくいき、ポリマーの街の商人に五百本の瓶詰を出荷することになった。

 卸値は二百~五百クラウンだから、とりあえずドウシルとカウシルの給料は確保したぞ。

 この調子で販路を広めていこう。

 ただ、問題も残っている。

 それは輸送手段だ。

 出荷先は、ルボンのさらに先にあるポリマー港だ。

 船で運ぶのがいちばんてっとり早いのだけど、ルールーのボートでは小さすぎる。

 二回に分ければ可能だろうけど、手間がかかるし、漁師の仕事にさしつかえもでてしまうのだ。

 ドウシルも困っている。


「せめて荷馬車があれば俺たちが運んでいくんですがねえ」


 荷馬車か……。

 馬と言えばポール兄さんだから、ここはひとつ兄さんを頼ってみるか。

 ただ、どんなに安い馬でも百万クラウンはくだらないんだよね。

 さすがにそんな余裕はない。

 せめてロバを買えないかなあ。

 馬ほどではないけど、ロバだって力持ちだ。

 ロバに荷車を引かせる商人は多く、街道でもよく見かける。

 よし、暇を見つけてポール兄さんに相談してみよう。

 そう決めた僕は畑に牧草を植えた。

 ちょっと気が早いけど、馬やロバを手に入れたら必要になるからね。


「ロバでありますか? 楽しみであります。シャルがいっぱいお世話をするであります!」


 畑に水を撒きながらシャルが張り切っていた。

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