第54話 衝突


 昼過ぎにメアリーが血相を変えてコテージに飛び込んできた。


「坊ちゃま、大変でございます!」


 メアリーの顔は青ざめ、体が小さく震えている。

 いったいなにがあったというのだろう?

 強盗のたぐいがきたって、ウーパーがいるから平気だとは思うけど……。


「どうしたの?」

「お客様でございます。アレクセイ様がオーベルジュに」

「アレクセイ兄さんが⁉」

「家令のセバスチャンさんや騎士の方々もご一緒です。どういうことでしょうか?」


 不安がるメアリーを落ち着かせた。


「心配することはないよ。きっとなにかのついでに寄っただけさ。それか、僕がちゃんとやっているかを確かめに来たのかな?」


 そんな兄じゃないことはわかっていたけど、メアリーのためにとぼけておいた。

 とにかく、このまま放置しておくことはできない。

 相手は兄であり、ダンテス伯爵なのだから。

 身支度を整えて、僕はオーベルジュに向かった。



 オーベルジュで対面したアレクセイ兄さんの言い草は勝手で、お話にならなかった。

 兄さんはあいさつもそこそこに、とんでもない提案をしてきたのだ。


「つまり、この島を1000万クラウンで売れということですか?」

「何度も言わせるな。それだけあれば学校にも通えるし、将来に不安もなかろう?」


 冗談じゃない。

 瓶詰の取引やオーベルジュの運営だけでも、月に二十万クラウン以上の純利益がでるのだ。

 それをたった1000万クラウンで売り渡せるか。

 それになにより、ガンダルシアは僕らの島だ。

 仲間たちが住んでいるのだ。


「お断りします。僕はここの領主です」

「島民のことなら私が面倒を見よう。これまでどおりここで働けばいい。お前は都会で楽しく暮らせばいいではないか。いいぞ、都は。これはお前のためを思って言っているんだ」


 よく言うよ。

 だったらどうして、あの日、屋敷を追い出したりしたんだよ。

 この島がお金になりそうだからはした金で取り上げようとしているだけじゃないか。

 僕が首を縦に振らないので兄さんは値段を釣り上げてきた。


「よし、だったら1100万クラウンまで出そうじゃないか。これだけあれば都でも便利な場所にアパルトマンを借りられるぞ。クレントン地区なんてどうだ? お洒落なところだぞ」


 そんな甘言に騙されるものか。

 いいかげん子ども扱いは止めてほしい。


「1000万が1億であってもここは譲りませんよ。どうぞ、お引き取りください」


 きっぱり言うと兄さんのこめかみがピクピクと動き出した。


「セディー……、この私に逆らうというのか?」


 アレクセイ兄さんが相手でもこれだけは譲れない。


「ガンダルシアの領主は僕です。国にもそう登録されていますよね? ポール兄さんが教えてくれました。証書も手元にあります」

「ふん、そんなものはどうにでもなる……」


 兄さんが片手を上げると、後ろに控えていた十人の騎士が一歩前に出た。

 だけど、それに応じてうちの支配人も僕を庇うように前に出る。


「おっと、どういう了見ですかな? まさかご領主様に手を出されるというのなら……」


 ウーパーの迫力に騎士たちがたじろいでいるぞ。


「あの男、ウーパー将軍です……」


 セバスチャンがアレクセイ兄さんの耳にささやいている。


「戦場の死神がどうしてこんな島に……? チッ、まあいい。お前が強情を張るのなら好きにすればいいさ。だが、今後はダンテス領内での取引は一切禁じるからな。ロンド商会との取引も禁止だ!」


 エマさんのところとも⁉


「そんな横暴な!」

「取引をしたければ勝手にしろ。その代わりエマ・ロンドには牢獄に入ってもらうからな」

「クッ……」


 これではエマさんを人質に取られているようなものだ。

 ロンド商会に瓶詰を卸すのは諦めるしかない。


「考えが変わったら連絡しろ。じゃあな」


 アレクセイ兄さんは肩を怒らせて帰っていった。

 オーベルジュには騒ぎを聞きつけた島民がぜんいん集まっていた。

 みんな不安そうな顔をしている。


「騒がせてごめんね。大丈夫、ここを売ったりなんかしないから」

「そうだ、そうだ、セディー坊ちゃまがそんなことをするはずがねえ!」


 ドウシルが声を上げる。


「そうだよね、セディーがそんなことするわけないか」


 ルールーにも笑顔が戻った。

 みんなは納得してそれぞれの家に帰っていった。

 ただ一人、青い顔で僕の前に立っていたのはミオさんだ。


「ごめんなさい! 私、こんなことになるなんてちっとも知らなくて」

「どういうことなの?」

「私はずっとアレクセイ様がセディーさんを心配しているのだとばかり思っていたから」


 ミオさんはこれまでのことをすべて話してくれた。


「つまり、ミオさんはアレクセイ兄さんの命令でこの島のことを報告していたんだね」

「そうです。弟が心配だからと言われて……」

「だったらもう気にしなくていいよ。ミオさんは兄さんに騙されただけだもん」


 ミオさんは責任を感じているようだけど、たとえミオさんが報告しなくてもアレクセイ兄さんは何とかしてガンダルシアの秘密を調べたに違いない。


「ほら、もう泣かないで」

「でも、エマさんとの取引もできなくなってしまったでしょう? いったいこれからどうするつもりですか?」

「ルボンの街で瓶詰を買い取ってくれる商人を探してみるよ。あそこはシンプソン領だからね」


 いきなり大量の食品が売りさばけるとは思わないけど、やらないよりはいいだろう。

 島の開発にはポイントだけではなく現金も必要なのだ。

 泣き言を言っている暇があるのなら、サンババーノにでも顔を出して助言をもらう方が建設的だ。

 ビグマは優しいから助けになってくれるかもしれない。


 セディー・ダンテス:レベル4

 保有ポイント:52%

 幸福度:51%

 島レベル:2


 やれやれ、幸福度が恐ろしいほど下がっている。

 なんにせよ僕とガンダルシア島の前途は多難そうだった。


   ***


 アレクセイは不機嫌な顔をしながら馬車に揺られていた。

 だが、家令のセバスチャンが心配するほど癇癪は起こしていないようだ。


「残念でございましたな」

「何がだ?」

「ガンダルシア島をお買い上げになれませんでしたでしょう?」

「うむ、まあいい。どうせたいした金にはならん島だ。それにセディーもそのうち根を上げるだろう。それよりも買収したワイナリーはどうなった?」

「そちらは順調でございます。今月の売り上げは300万クラウンを超えました」


 セバスチャンの返答にアレクセイは満足げな笑顔を向けた。


「よしよし、しばらくはワイン作りに精を出すぞ。今年から生産量も拡大するのだ」

「承知してございます」


 新たな資金源を得てアレクセイはご満悦だった。

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