第53話 順風満帆だけど……
商談でエマさんが来たので、まずはランチをご馳走した。
遠いところをわざわざ来てもらったので労いたかったのだ。
「ベルッカでもここの噂を聞いたわ。ものすごく美味しいディナーを出したそうね。詳しいことは内緒みたいだけど、ただの料理じゃないって評判よ」
きっとポール兄さんの友人たちが宣伝してくれたのだろう。
「たまたまいい素材が入ったんです。だから、兄とその友人たちにふるまいまして」
「そういうことだったのね。でも、それで儲ける気はないようね」
エマさんは周囲を見回した。
食事をしているお客さんは街道を往く商人や、漁や仕事を終えた船乗りが多い。
ランチタイムはリーズナブルな価格設定にしているからだ。
昼はみんなが気軽に利用できる楽しいお店、でも夜はちょっと凝った料理も出してみたい。
そういった理由で、リンとも話し合って、時間と価格帯をわけてみたのだ。
「豪華な料理もいいけど、このパスタセットも美味しいわ。デザートが付いてこの価格なら、船乗りたちがボートでやってくるのも当然よね」
お昼時はてんてこ舞いになるほど忙しくなる。
お客さんなのに、見かねたミオさんが給仕を手伝ってくれるほどである。
そんなことはさせられないって言うんだけど、ミオさんは気さくな人で、フットワークも軽い。
「今の仕事が終わったらここで雇ってもらうことはできないかしら?」
なんてことまで言ってくれる。
ただ、ミオさんが移住を希望しても、僕のステータスボードに変化はない。
もし、ここに住むというのなら、何らかの変化があってもいいと思うのだけど。
食後のコーヒーを飲み干したエマさんが少し真剣な顔つきになった。
いよいよ商談が始まるのだ。
とはいえ、僕らはまったく知らない仲じゃない。
互いに信用もしているので堅苦しい感じにはならなかった。
「それでは、セディー君が言っていた新商品を見せてもらえるかしら?」
今日は食品加工場で作った新しい保存食を見てもらうためにエマさんに来てもらったのだ。
僕は部屋の隅で待っていたドウシルとカウシルに合図を出した。
二人とも緊張でコチコチになっているな。
何度も試行錯誤して作ったのだから、もっと自信を持ってくれてもいいのに。
数種類の瓶詰を乗せたワゴンを押して、おっかない顔をした二人がやってきた。
商談なんだからもっと笑顔になってほしい。
「し、失礼します! 食品加工場の責任者のドウシルであります!」
「カウシルであります!」
シャルみたいな挨拶をするなあ。
でも、二人がシャルの真似をしてもあまりかわいくない……。
「エマ・ロンドです。どうぞよしなに」
エマさんは優雅な手つきで二人と握手しているけど、ドウシルとカウシルの緊張はさらに高まってしまった。
今後はこういう場にも慣れてもらわないとね。
「エマさんにはさっそく商品を見てもらおうか。ドウシル、まずはオイルサーディンを開けて」
試食のために、パスタの量は少なめにしてもらってある。
今回は気合を入れていろいろ作ったので、たくさん食べてもらうとしよう。
「これはイワシね」
「ガンダルシア産のヒマワリ油に漬けてあります。味もいいですよ」
「うん、美味しいわ」
一口食べたエマさんが顔をほころばせた。
「これの利点は値段を抑えられるところにあります。以前お渡しした鴨のコンフィより、ずっとお安く提供できますよ」
「そのまま食べてもいいし、お料理にも使えそうね」
食いしん坊のカウシルがズイッと前に出る。
「パンにオイルを染み込ませて食べても美味いですぜ」
「美味しそうね。私もやってみようかしら」
エマさんの受け答えに気をよくしたカウシルは次々と食べ方を提案する。
「瓶の中にニンニクひとかけとタカノツメを一つ落として、湯煎にしても美味いんです。温まれば身が柔らかくなりますし、ニンニクとタカノツメで風味がつきますからね。ただし、瓶の蓋は必ず取ってから湯煎をすること。さもないと爆発しちまいますから」
「こいつ、キッチンを油まみれにしやがったんです」
カウシルとドウシルの掛け合いにエマさんはクックと笑っていた。
自分たちの作ったものを褒められて、二人の緊張もすっかり解けたようだ。
続いて野菜のピクルスを食べてもらった。
キュウリ、ニンジン、カリフラワー、セロリ、どれも僕とシャルが菜園で丹精込めて育てた野菜である。
味もよく、ビタミンも豊富だから船乗りの壊血病予防にもなるだろう。
エマさんも満足してくれたようだ。
パイナップルのシロップ漬けや桃のシロップ漬けも評判がよかった。
「どれも素晴らしいわ。在庫はどれくらいあるのかしら?」
「オイルサーディンと果物のシロップ漬けは三百ずつ。ピクルスの大びんも二百ほどあります」
「すべて買い取らせてもらうわ。でも、思っていたよりたくさんあるのね」
「食品加工場ができたおかげです。ドウシルとカウシルが頑張ってくれましたから」
胸を張っているドウシルにエマさんが声をかけた。
「工場長、食品加工場を見学させてくださいません?」
「工場長……?」
「兄貴のことだよ!」
「っ! も、もちろんであります! いつでもご案内します」
ドウシルとカウシルは背筋を伸ばして、先に立って歩き出した。
***
ミオからの報告書を読み終えたダンテス伯爵は小さくうなずいた。
なるほど、小規模ながらガンダルシア島には商品価値がありそうだった。
海軍に自分のところの保存食が売れなかった理由も判明した。
セディーが保存食を作っていて、それが採用されたからだ。
漁場としてもすぐれ、島には珍しい植物も生えているようだ。
報告書の内容を知っていた家令のセバスチャンはアレクセイが怒りを爆発させるのではないかと首をすくめていた。
ところが、アレクセイは穏やかな声でセバスチャンに命じた。
「明日はガンダルシア島へ行くぞ。用意をしておけ」
「はっ。しかしまた、どうして?」
「兄が弟に会いに行くだけだ。おかしなことではあるまい?」
「それは、そうでございますが……」
セバスチャンはアレクセイの意図を計りかねている。
「よい島のようだからな、私が買い取ってやろうと思っている」
「ガンダルシア島をですか?」
「他にどこがあるというのだ? 1000万クラウンも出してやればいいだろう」
「セディー様はどうなります?」
アレクセイの返答は適当である。
「1000万もあれば適当な学校へ入れるだろう。卒業後は公証人や弁護士にでもなれば食うには困らんさ。なんなら口を利いてやってもいいぞ」
セディーの未来よりもガンダルシア島から上がる利益に思いを馳せるアレクセイだった。
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