第52話 ポール兄さんの宴会


 ついにポール兄さんの宴会の日がやってきた。

 本日のメニューはこのようになっている。


 帆立貝、蟹、ダンジョンマッシュルームのテリーヌ

 イワツバメの巣を使った奇跡のスープ

 ロブスターのポワレ アメリケーヌソース

 ガンダルシア産の岩ガキ レモンを添えて

 トゥルッフのパイ包み

 トライフル アイスクリームとシャーベット


 種類もボリュームもたっぷりだから、食欲旺盛なグルメたちでも満足させられるに違いない。


 日が暮れる少し前、三台の馬車がオーベルジュの前に到着した。


「ポール兄さん、ようこそ、ガンダルシア島へ」

「元気そうだな。今夜は世話になる」


 兄さんは少し日焼けをしたようだ。

 きっと牧場の仕事で忙しいのだろう。

 兄さんの後から大柄な男の人が下りてきた。

 縦にも横にも大きくて、陽気そうな人だった。


「ほおっ! こんなところに、こんなこじゃれた店があるとは驚きだ」

「いらっしゃいませ」

「君がこの島の領主のセディー君だね。私はジョルト・マッショリーニ、ポールとは十年来の親友だよ」


 マッショリーニ氏は金の指輪のついた大きな手で僕の手を掴んでブンブンと振った。

 上等な生地で仕立てられたディナージャケットを着ているなあ。

 随分と羽振りがよさそうだと思ったら、カジノのオーナーとのことだった。

 貴族の三男坊だったけど、カジノを開いて大儲けをしたらしい。


「はっはっはっ、君も大人になったらぜひカジノ・ワイワイヤルへ来なさい。歓迎するよ」


 これまでギャンブルに興味を持ったことはないけど、後学のために一回くらいは行ってもいいかな?

 行くにしてももう少し大人になってからの話だろう。


 コースは帆立貝、蟹、ダンジョンマッシュルームのテリーヌから始まった。

 兄さんたちは白ワインを飲みながら料理を堪能している。


 マッショリーニ氏は美食家のようで、一堂に対して料理の蘊蓄を語っていた。


「どんなものでもそうだが、ダンジョンマッシュルームは特に鮮度が命なのだよ。収穫してから二日以内に食べないと苦みが出てきてしまうのだ」


 テリーヌを口にしたポール兄さんが首をかしげている。


「だが、このマッシュルームはぜんぜん苦くないぞ。この辺にダンジョンはないだろうに」

「きっと、セーブルあたりから大急ぎで運んできたのだろう。いずれにしても珍しいものだ」


 美味しくて貴重なものだとわかり、みんな満足そうである。

 でも、ガンダルシア島にダンジョンがあるのはまだ内緒にしておこう。

 アレクセイ兄さんのこともある、秘密はなるべく広めないに限るのだ。


 続いて本日の超目玉料理、イワツバメの巣を使った奇跡のスープをだした。

 またもやマッショリーニ氏が説明してくれた。


「イワツバメの巣とはまた珍しい! たしか東の大国ファンシャオの宮廷料理で供されるとか」

「よくご存じですね」

「私は人生の楽しみに貪欲なのだよ」

「どうぞ温かいうちにお召し上がりください。きっと驚きますから」

「ほほう……セディー君は相当な自信があるようだ」


 マッショリーニ氏はニヤリと笑いながらスプーンを持ち上げて、スープを口に含んだ。


「うむ、美味い。滋味あふれるスープだ。これは魚介と……鴨がベースになっているね」

「さすがですね。おっしゃる通りです」

「ツバメの巣の食感もすばらしいよ。ふわりととろけるところがなんとも……」


 テーブルの紳士たちはせっせとスープを口に運んでいる。

 でも驚くのはこれからだ。

 奇跡のスープが本領を発揮するのはこれからなんだから。

 僕はポール兄さんにたずねてみた。


「どう、体調に変化はない?」

「体調? ん……? そういえば体が軽くなったような……」

「俺もだ。肩の痛みがなくなっているぞ」

「こっちは足のむくみがとれている。ブーツがきつかったのに楽になっているぞ!」


 よしよし、奇跡のスープの効いてきたな。

 僕はツバメの巣の免疫効果や美肌効果を説明しておいた。

 ポール兄さんは感心したようにうなずき、他の紳士たちは一滴も残すまいと、直接お皿に口をつけて最後の一滴まで飲み干していた。


「そんなに貴重な食材だったとは知らなかった。セディー、ありがとう」

「いつもお世話になっている兄さんだから、今回は特別だよ。それでは次の料理をお持ちしますね」


 次はみんなの大好物の岩ガキである。

 季節外れのレモンが添えてあることに大喜びした紳士たちは岩ガキを飲み干すように平らげていく。

 白ワインの追加注文もすごかった。


「兄さん、あまり食べすぎないでね。次はいよいよメインディッシュなんだから」

「お、そうだったな。すまん、すまん」


 普段は表情が表に出ないポール兄さんだけど、今夜は穏やかな笑みを始終たたえている。

 楽しい宴会だったし、いい店を紹介したということで幹事としての面目躍如だからだろう。


「メインは肉のパイ包みだったかな?」

「そうだよ、そろそろ焼きあがるからね」


 料理のあらましは伝えてあるけど、それがトゥルッフの肉だとはまだ内緒なのだ。

 食べる直前に披露して驚いてもらうとしよう。

 こういうサプライズなら大歓迎みたいだからね。


 トゥルッフのパイ包みはリン自らが運んできた。

 これを切り分けるのには熟練の技術がいる。

 リンでなければできない芸当だ。

 肉のパイ包みと言っても、ただ肉をパイで包んで焼いただけじゃないよ。

 フォアグラ、ダンジョンマッシュルーム、玉ねぎなどをペースト状になるまでバターソテーしたものでトゥルッフのフィレ肉を覆って、その上からパイ生地で包んで焼くのだ。

 肉には様々な香辛料がリンオリジナルの配合でまぶしてあり、いいアクセントになっている。

 肉の周りを彩るのは僕の菜園で採れた野菜のグリルだ。

 ジャガイモ、芽キャベツ、ニンジン、アスパラガスなど、どれも美味しくできたよ。

 これを食べれば兄さんたちもきっと感動するはずだ。

 リンが包丁を入れると、ロゼ色に焼きあがった断面があらわれた。


「実に上手そうだ! セディー君、フルボディーの赤ワインを一本追加してくれたまえ」


 上機嫌のマッショリーニ氏から注文が入った。


「それではどうぞお召し上がりください。トゥルッフのパイ包みです」


 一瞬だけ場が静まった。


「トゥルッフだと! 今、そういったよな?」

「そうだよ、兄さん。実はここにいる支配人のウーパーが討伐してくれたんだ」


 紳士たちの視線がウーパーに集まったけど、当人はどこ吹く風とばかりに給仕している。

 ん? なんだかみんなざわついているな。


「ウーパーとはまさか、ダグラス・ウーパー将軍か?」

「せ、戦場の死神……?」


 そういえばウーパー自身が死神とか何とか言っていたな。

 でも、将軍という話は初めて聞いたぞ。


「まさか……、あなたは、あのウーパー将軍か? 将軍が職を辞してから行方が分からなくなっていると聞いていたが……」


 兄さんの声が少し震えている。


「いえいえ、とんだ人違いでございましょう。同名の他人というやつですな」

「いや、しかし、顔の傷が……」

「これは転んでつけたものです」


 その言い訳には無理がない?

 そう思ったけどウーパーはあくまでしらばっくれていた。


「あのウーパー将軍がこんなところで支配人をしているわけがありませんよ」


 素性をごまかしたいのかな?

 本人が嫌がっているのに追求するのはよくないと思う。


「さあさあ、そんなことよりトゥルッフのパイ包みをお召し上がりください。これも不思議な効果のある料理です」

「というと?」


 赤ワインをテイスティングしていたマッショリーニ氏が身を乗り出してきた。

 肉料理が好きなようで「大きく切ってくれ」とリンに注文を出している。


「トゥルッフの肉には魔法的な効果があるようです。これを食べると力がもりもりと湧いてくるんですよ」

「うーん、それは楽しみだ!」


 料理を口に運んだ紳士方はその美味しさにうっとりとしていた。

 デザートのトライフルも評判で、紳士たちは近いうちに必ずもう一度ここで食べようと約束しあっていた。

 ポール兄さんも満足してくれたようだ。


「セディー、いろいろ気を遣わせてしまったな」

「いいんだよ、兄さんには世話になっているからね。でも、ツバメの巣のことは内緒にしておいてね」


 お客さんが増えすぎても困るのだ。


「わかった。この埋め合わせは必ずするからな」


 料理のおかげだろう、みんな来たときよりも元気になって帰っていった。

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