第50話 トゥルッフ
息を切らせて入ってきたドウシルとカウシルを落ち着かせた。
ゼイゼイと喘ぐ二人に深呼吸してもらい、先に落ち着きを取り戻したドウシルにたずねる。
「なにがあったというの?」
「魔物が島に入ってきたんですよ!」
「なんだって? まさかイノシシの化け物?」
「それです!」
兄弟はいつものように果物を採りに出かけたそうだ。
そこで、瓶詰用のナシを収穫しているときにトゥルッフと出くわしたらしい。
「あいつはノッシノッシと山の方へ歩いていきました。洞窟へ向かう道です。ありがたいことに俺たちには目もくれませんでした」
どういうことだろう?
トゥルッフはすぐに人を襲うと聞いていたけど……。
「ひょっとして、洞窟から漏れ出す魔素にひかれてやってきたのかな?」
「その可能性は大いにあるな。ガンダルシアの魔素は他所よりも濃いはずだ」
ノワルド先生も同意見のようだ。
僕らの話を聞いていたウーパーは上着を脱いで椅子の背にかけた。
「こうなったら話は早い。ちょっと行って見てくるぜ。みんなは安全なところに避難していてくれ」
「僕も行くよ」
ウーパーは振り返って僕を睨みつける。
「絶対にダメだ。いいか、セディーはここで俺の帰りを待つんだ」
心配性の支配人はどうしても僕を危険な目に遭わせたくないらしい。
「じゃあ、空から見るのはどう?」
「どういうことだよ?」
「ギアンに乗せてもらって、空中からウーパーを支援するよ。それならいいでしょう?」
「うーん……、ダメだ、ダメ! トゥルッフが石を投げるかもしれない」
そんなことあるわけがない。
心配性にもほどがあるよ……。
見かねたユージェニーがとりなしてくれた。
「ギアンはとっても高く飛べるのよ。それに、いざとなればトゥルッフとだって互角に渡り合えるわ」
「だが……」
「セディーはあなたが心配なのよ。遠くで見守るくらいいいじゃない」
「しょうがねえなあ……」
かたくなだったウーパーもようやく承知してくれた。
僕、シャル、ウーパーを乗せたギアンは大空高く舞い上がった。
定員オーバーかと思ったけど、ギアンは問題など欠片もないように翼を動かしている。
さすがはグリフォンだ。
「ギアン、洞窟の方へ向かって飛んで。トゥルッフを探すんだ」
「クェエ!」
ギアンは頭を洞窟の方向へ定めると大きく翼を動かした。
大きな翼が一度羽ばたいただけで、僕らはもう山の近くまで来ていた。
「いたであります!」
目のいいシャルがすぐにトゥルッフを見つけた。
大きい!
体長は五メートあると聞いていたけど、実物を目の前にするとその迫力は圧巻だった。
前世で見たアフリカゾウくらいはあるだろう。
眉間には緑色の魔結晶が光り、口元からは巨大な牙が突き出ている。
もう何人も犠牲者が出ているのも納得だ。
やはり、このまま放置というわけにはいかないな。
島の住人やお客さんたちが襲われたら目も当てられないぞ。
「なかなかの大物じゃねえか」
ウーパーは不敵に笑っているけど大丈夫かな?
こんな難敵に一人で当たらせるなんてやっぱりできないよ。
「やっぱり僕も手伝う」
「それはダメだって言っただろう? セディーは領主らしくデーンと構えていたらいいんだ」
「それこそダメだよ。ウーパーだけを危険な目に遭わせられない」
「ここはシャルの出番ですね!」
「クェエエエエ!」
シャルもギアンもやる気を見せているけど、もっといい方法はないかな?
なるべくリスクを抑えて、効果的なこととなると……。
そうだ!
「僕がトゥルッフの視覚と嗅覚を奪うよ」
「どうするつもりだ?」
「空中から胡椒爆弾を使うんだ」
サンババーノ魔女たちだって効果を認めたマジックアイテムだ。
きっとトゥルッフにも効くだろう。
「なるほど、そいつはいいかもしれねえ……」
「でしょう? きっとうまくいくよ」
ウーパーには風上でギアンから降りてもらい、僕らは空中からトゥルッフに迫った。
奴は鼻もいいようで、こちらを見上げて牙をカチカチ鳴らしている。
あれは威嚇行為だろう。
それに反応してシャルやギアンの毛も逆立っているぞ。
「落ち着いて。今から攻撃を開始するよ。ギアン、風下から近づいて、胡椒爆弾を投下したら風上に離脱するんだ」
「クェッ!」
指示通りにギアンはトゥルッフに近づいて下降していく。
僕は胡椒爆弾二本を手に持ち、火炎魔法で導火線に火をつけた。
「発射!」
筒から胡椒爆弾が射出されトゥルッフに向かって飛んでいく。
そのスピードは放たれた矢と同じくらいだ。
だけど、危険を察知したトゥルッフは二発とも爆弾を避けてしまった。
巨体には似つかわしくなく俊敏だなあ。
でもいいさ、それは想定内だ。
大きな音を立てて破裂した胡椒爆弾が周囲にスパイシーな粉をまき散らした。
胡椒爆弾の本領は、直撃しなくても効果が高いところにあるのだ。
「ブモォオオオッ!」
目に薬品が入ったのだろう、トゥルッフは前足で顔をこすっているぞ。
そんなことをすればますます痛みが広がるんだけどね。
「続けていくよ。ギアンもう一度だ!」
僕らはトゥルッフに波状攻撃を繰り返した。
トゥルッフは完全に視界を奪われ、胡椒爆弾の直撃を喰らっているぞ。
視覚と嗅覚は麻痺してしまったに違いない。
「ギアン、風魔法で胡椒を吹き飛ばして!」
「クェッ!」
風で胡椒爆弾の効果がウーパーに及ばないようにしてもらう。
「シャル、ウーパーに連絡を!」
続いて、数キロ先にも響き渡るドラゴンボイスをお願いした。
「ウゥウパァアアアア! 出番でありますぅうう!」
シャルのドラゴンボイスが響き渡ると、風上から抜き身の剣を担いだウーパーが走ってきた。
速い!
きっと身体強化の魔法を使っているのだろうけど、常人の素早さじゃないぞ。
ウーパーはみるみるうちにトゥルッフに肉薄して、素早く剣を一閃させた。
その攻撃は淀みがなく、迷いの欠片も見えなかった。
剣はトゥルッフの急所を切り裂いたのだろう、トゥルッフは音を立てて地面に沈んでしまった。
「ウーパー怪我はない?」
「ああ、平気だ。いやぁ、ガンダルシアの温泉は偉大だな。膝の痛みがほとんど消えていたぜ。この調子なら、もう少しで全快だな」
100パーセントじゃなくてあんなに強いのか。
やっぱり、ウーパーはすごいんだなあ。
島民総動員でトゥルッフを解体した。
大きかったから大変だったけど、リン、ルールー、ノワルド先生が中心になって作業を進めてくれた。
リンは料理で慣れているし、ルールーも魚をさばくのは得意なのだ。
ノワルド先生は解剖学にも造詣が深い。
またここでもウーパーが活躍してくれた。
大きな包丁で手際よく正肉を作っていく姿は圧巻だったよ。
そういったわけで、暗くなる前に解体はすべて終わった。
可食部分も多くて、オーベルジュの冷蔵庫と冷凍庫はいっぱいになってしまったよ。
それでも足りなくて、新たに3ポイントを消費して業務用冷蔵庫を交換したくらいだ。
トゥルッフの肉をさっそくリンが料理してくれたけど、とても美味しかった!
シンプルなペッパーステーキが最高だ。
うま味が凝縮されているんだよね。
しかも食べただけで力がお腹の底から湧いてくるような感覚になる。
いや、実際にパワーアップしている⁉
「これならポール兄さんの宴会にも胸を張って出せるよ」
「メインディッシュはトゥルッフの肉で決まりだね。調理方法は吟味してから決めるよ」
よしよし、メニューはほぼほぼ決まったぞ。
兄さんもきっと喜んでくれるだろう。
活躍してくれたギアンにたくさん肉を分けてあげたら喜んでいた。
***
ミオはやや興奮気味に報告書をまとめていた。
オーベルジュの支配人の顔をどこかで見たことがあると思っていたのだが、今日になってようやく思い出したのだ。
あれは死神ウーパーだ!
ノーグリッド上陸作戦、ドトワフ防衛線、クドワワ高原奇襲戦、エナン決戦などなど、大きな戦で大戦果を上げ、平民から将軍にまで上り詰めた伝説の傭兵隊長である。
将軍になってからも最前線で戦うことで有名だったが、怪我がもとで職を辞したと聞いたことがある。
ミオも冒険者時代に、都での凱旋パレードでウーパーの顔を見たことがあったのだ。
セディーにはあんなに強い人がついているのだ。ダンテス伯爵も安心だろう。
報告書
この島は不思議なことで満ちています。季節外れの花が咲き、量は少ないながら果実はすぐに実をつけるのです。食品加工場ではそれらを材料にして瓶詰を作っていました。
今日は島で採れたレモンを使って、ホットハチミツレモンを作ってもらいましたが、とても美味しかったです。
島の人々は仲が良く、とても住みやすい場所です。
ウーパー将軍のような方もいますので、セディー様に危害が加えられることもないでしょう。
ミオはペンを置いてため息をついた。自分の調査期間もそろそろ終わりに近づいている。
「ここで雇ってもらえないかなあ……」
島での生活にすっかり慣れて、帰りたくなくなってしまったミオであった。
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