第35話 ローグライク


 玉ネギ、トマト、ニンニクが収穫できたのでオーベルジュへ持って行った。

 正午にはまだ時間があったけど店はもう開いていて、料理のいい匂いがしている。

 店の前には小さな看板がかかっていた。


 本日のランチ

 ヒラメのグラタン

 クルミパン

 野菜のグリル盛り合わせ

 洋ナシのタルト

 紅茶


 僕が入っていくと、テーブルにはすでにお客さんが三人いて、リンの料理に舌鼓を打っていた。


「こんな美味い料理はベルッカの港でも食べられないぜ」

「まったくだ。ちょっと早いが、ここで昼飯を済ませて正解だったな」


 ベルッカはダンテス領の中心地であり、アレクセイ兄さんのお膝元でもある。

 ベルッカのレストランより美味しいなんて言われると、アレクセイ兄さんに勝ったみたいで、ちょっとだけ嬉しかった。


「リン、野菜を持ってきたよ」


 声をかけると厨房からリンが顔をのぞかせた。


「ありがとう。セディーの作る野菜はとんでもなく美味しいから助かるよ」


 ガンダルシアでは海産物だけでなく、農産物だって他とは比べ物にならないよい出来になる。

 サラダにしてよし、スープにしてよし、とにかく美味しいのだ。

 また、お客さんたちの声が聞こえてきた。


「このサラダも美味いよな」

「まったくだ。ドレッシングもいいんだが、野菜の味そのものが他とは違うんだよ」


(お客さん、わかってるねっ!)


 これぞ生産者の本懐! 

 みんなが喜んで食べてくれるってうれしいな。

 さっそく菜園の空いた場所に新しい種をまくとしよう。

 次はジャガイモにしようかな、それとも枝豆? 

 不思議の島では季節を問わず、いつでも、なんでも農業生産が可能だ。

 これも、ゲーム世界のいいところであり、他所では真似のできないとんでもチートである。

 どんな王侯貴族だって真冬にサラダは食べられない。(この世界に温室はまだない)

 だけど、ガンダルシア島ではそれも可能なのだ。

 お客さんに野菜を褒められて、僕の幸福度は95%にまで上昇していた。


 オーベルジュの玄関では支配人服に着替えたウーパーが箒で掃き掃除をしていた。 

 黒いスラックス、リボンタイをつけた白いシャツ、黒いベストがよく似合っている。

 うん、まさに死配人! 

 迫力がありすぎるよ。

 でもあれで、心の隙間にスッと入ってくるような笑顔も持っているんだよね。


「よう、セディー。リンに野菜を届けに来たのかい?」

「うん、そうなんだ。お客さんも喜んで食べてたよ」

「セディーの作る野菜は特別だからな。さてと、ここの掃除が終わったら一緒にお茶でも飲まねえか?」

「ごめん、今日はノワルド先生と洞窟へ調査に行くんだ。もうでかける準備をしないと」

「洞窟に調査だとぉ?」


 ウーパーの目が鋭くなり、眉間には深いしわが寄った。

 だけど、これは怒っているわけではない。


「大丈夫なのか? よし、俺も一緒に行くとしよう」


 後でわかったことだけど、ウーパーはとてつもなく心配性だったのである。

 しかも、僕や島の住民に対してかなりの過保護でもあった。

 僕が何かしようとすると、何かにつけてついて来ようとするのだ。

 どちらかといえば放任主義の家庭に育ったから、ウーパーの優しさは新鮮だった。 

 父上も兄さんたちも、僕のことなんか気にも留めなかったもん。

 母上が生きていれば別だったかもしれないけど……。


「先生もシャルも一緒だから心配はないって。僕だって火炎魔法が使えるんだからね」

「でもよお……」

「お昼過ぎには帰ってくるから、三人分のランチをリンにお願いしておいて。みんなで一緒に食べようよ」


 なおも心配するウーパーを置いて、僕は先生の家に向かった。



 洞窟の入り口には重厚な扉がついていて、いつもはカギがかかっている。

 おかげで中の魔物が外に出てくることはない。

 また、よそ者が勝手に洞窟に入ることもできないようになっている。

 カギの一本は僕が、もう一本はノワルド先生が持っていた。

 僕、シャル、先生の三人は慎重に洞窟を進んだ。


「ふむ、また洞窟内の地形が変わっているな。これはいったいどうなっているのだ……」

「不思議ですよねぇ……」


 ノワルド先生はしきりに考え込んでいる。

 アイランド・ツクールでは、入るたびに洞窟の地形が自動生成され、毎回違った探索が楽しめるシステムが採用されているのだ。

 ローグライクのゲームなんですよ、とも言えず、僕は適当に相槌を打っていた。


「見たまえ、セディー。グラノイドがあるぞ」

「グラノイド?」


 先生は壁の一角を調べている。

 ランタンの光を向けると、そこだけ紫色の砂を含んでいた。


「これはなんでしょうか?」

「勉強不足だぞ。基礎鉱物図鑑の表をもう少しよく読みたまえ。グラノイドは魔道具作りにとっては欠かせない物質なのだ」

「そんなに大切な物質なのですか?」


 先生は僕を見てにやりと笑った。


「グラノイドがあればエレメンタルジャックが開発可能になるのだよ」

「エレメンタルジャックって、物質に複数の魔法属性を持たせることができる魔導回路ですよね!」


 僕はがぜん興奮してきた。

 たとえば、マジックソードを想像してみてほしい。

 フレイムソードは攻撃時に火炎属性の攻撃を追加できるし、アイスダガーも同様に氷属性の追加ダメージを与えることができる。

 このように、魔法付与が追加された武器というのは強力なのだが、その属性は一般的に固定されているものがほとんどだ。

 ところが、エレメンタルジャックがあれば複数の属性を切り替えて使うことが可能になるのだ。


「エレメンタルジャックは非常に便利なアイテムだが、市場への流通量は少ない。なぜだかわかるかね?」

「……ひょっとして、グラノイドの産出量が少ないから?」

「そのとおりだ。セディー、これはチャンスかもしれないぞ」

「チャンスというと?」

「グラノイドを採取し、エレメンタルジャックを売れば、島の開発はおおいに進むだろう。ルールーには新しい船、リンにはもっと使いやすい厨房を用意してやりたいと言っていたではないか。それに、温泉に仕切りができれば、私もウーパーも時間を気にせず長湯ができるというものだ」


 先生の言いように吹き出してしまった。

 最初にルールーの裸を見てしまったから、先生はずっと用心深くお風呂に行くんだよね。

 すごく肩身が狭そうなのだ。


「エレメンタルジャックが高値で売れたら、すぐにでも温泉を改修しましょう。壁はもちろん、脱衣所もつきますからね!」

「そうしてもらえればおおいに助かるよ。それでは、グラノイドの採集方法を教えておこう」


 資金ができればやりたいことはたくさんある。

 先生の錬金小屋だって、錬金工房にグレードアップできるのだ。

 そうすれば先生の研究も、僕の勉強だってはかどるに違いない。


「錬金術はおもしろいですね。僕、もっと勉強したいです」

「向学心を持つことはよいことだ。セディーが望むのなら、私の知識くらい惜しみなく授けよう」


 いつもはいかめしい顔つきが多い先生だけど、ランタンの明かりに照らし出された笑顔は優しかった。

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