第36話 橋の上で海を見つめるお姉さん


 午前中は先生と洞窟を探索したので、まとまった量の素材が手に入った。

 リンには砂糖を買ってきてほしいとも頼まれてもいる。

 サンババーノに預けてある胡椒爆弾のサンプルのことも気になるので、ルボンへ行くことにした。


「シャル、サンババーノに行くけど……」


 シャルはベッドでお昼寝の最中だった。

 いつもお菓子で接待されるので、シャルはサンババーノに行くのが大好きだ。

 だけど今はすっかり眠りこけている。

 洞窟探索で張り切っていたので疲れてしまったのだろう。


「いってきます」


 あどけない顔で寝ているシャルを起こすのも忍びなくて、僕は一人でルボンへ向かった。


 薄暗い部屋の中で、三人の魔女はいつもどおり一列に並んで座っていた。

 ただ、普段はいちばん無愛想なミドマが、僕の姿を認めたとたんに立ち上がった。


「セディー、胡椒爆弾を売っておくれっ!」


 いきなり、飛びついてくるなんてどうしたの⁉ 

 というか、そんなに素早く動けるんだ!


「胡椒爆弾、買ってくれるんですか?」

「ああ、言い値で買ってやるから在庫を全部お寄越し!」


 僕の荷物を奪わんばかりに近寄ってくるミドマを見て、今度はビグマが声を荒げた。


「ミドマ、坊やから離れるんだよ! 坊や、ミドマに胡椒爆弾を渡したらダメだからね! 」


 いったい何があったというのだろう? 

 説明を求めていちばん冷静でいるスモマを見ると、肩をすくめて状況を教えてくれた。


「セディーの置いていったサンプルをビグマ姉者が試したのさ。ミドマ姉者に向けてね」


 二人は夕飯のおかずのことで喧嘩をしていたらしい。

 悪態をつかれてカッとなったビグマが手元にあった胡椒爆弾をミドマに向けて発射してしまったのだ。


「夕飯のおかずくらいで喧嘩って……」

「年甲斐もなくとでもいいたいのかい? それだけ私が若いってことさね!」


 ミドマは怒りに目を燃やしながら吠えたてた。

 胡椒爆弾の威力はすさまじく、ミドマは涙と鼻水が止まらなくなってしまったそうだ。


「胡椒のせいでのどが痛くて、詠唱もできないのさ。おかげで回復魔法すらかけられなかったんだよっ!」


 なるほど、詠唱すら阻害するというのは嬉しい想定外だ。

 山賊や魔法を使う魔物にも有効だろう。


「とにかくこのままじゃ私の気が収まらないんだよ。ビグマ姉者にも胡椒爆弾を味わわせてやらないとねっ!」

「ふん、坊やがお前に胡椒爆弾を売るもんか! 坊やの発明品はすごい効き目だったよ。さあ、坊や。アイテムはぜんぶ私に売っておくれ。いつものように高額で買い取ってあげるからね」


 二人の間で駆け引きすれば、値段はいくらでも吊り上げられそうだ。

 だけど、こんなことで大儲けをしても、死の商人みたいでいやすぎる。


「ごめん、今日はもう帰るよ!」


 無駄足になってしまったけど、僕は逃げるようにサンババーノを飛び出した。



 リンに頼まれた砂糖を仕入れて、僕は家路についた。

 秋も深まり、風が少し冷たくなっている。

 でも、島は実りの季節を迎えていた。

 島を探検した結果、栗やリンゴ、洋ナシの木が見つかったのだ。

 リンゴや洋ナシはそのまま食べても美味しかったけど、リンが作ってくれたコンポートも最高だった。

 なんかね、高級な缶詰みたいな味がするんだ。

 缶詰といってもこの世界の人にはわからないだろうけどね。

 瓶詰さえ売っていないんだもん。

 砂糖を買って帰ったら、リンが栗を使ってマロンシャンティというお菓子を作ってくれるそうだ。

 栗のペーストと生クリームを使ったお菓子なんだって。

 きっとシャルが大喜びするだろうな。

 僕も楽しみで仕方がない。


 うきうきした気分で架け橋まで帰ってきたら、橋の上で海を見下ろしている女の人がいた。

 近くにいる馬はこのお姉さんが乗ってきたものだろう。

 何やら深刻な顔をしているけどなにかあったのかな……?


「お父さん、お母さん、ごめんなさい……」


 まさか自殺!? 


「お姉さん、早まったらダメだよ!」


 僕は慌てて駆け寄って、お姉さんを後ろから抱き留めた。


「きゃっ! え、なに? どうしたの?」

「僕が相談に乗るから、死のうなんて考えないで!」

「はい? 死ぬってどういうこと?」

「あれ……?」


 お姉さんは死のうとなんてしていなかった。

 どうやら僕の早とちりだったようだ。


「紛らわしい真似をしてごめんなさいね」

「海を見ながらご両親に謝っていたから、僕はてっきり自殺しようとしているのかと思ったんだ」

「死ぬ気なんてないわ。ただ、商売がうまくいかなくてね……」


 お姉さんの名前はエマ・ロンド。

 年を取ったお父さんから商売を引き継いだのだけど、商売がうまくいっていないとのことだった。


「やることなすこと裏目に出て、すっかり疲れちゃったのよ」


 精神的に追い詰められているのだろうか、たまにこめかみのあたりがピクピクとひきつっている。

 医療のことはよくわからないけど、これはただ事じゃないはずだ。


「エマさん、よかったら温泉に入っていかない?」

「温泉って、温かいお湯のことよね」

「ガンダルシア島にはいい温泉があるんだ。とってもリラックスできるんだよ。それに、美味しい食事を出すオーベルジュもあるんだ。マロンシャンティっていう美味しいスイーツだって食べられるよ」


 そう教えてあげるとエマさんは少し驚いていた。


「商用でルボンにはよく来るけど、そんな話は初めて聞いたわ」

「最近できたんだよ。きっと気に入ると思うから、ぜひ寄って行って」


 僕としては一人でも多くの人にガンダルシア島を楽しんでもらいたいのだ。


「そうね、一度リフレッシュしたいと思っていたんだ。せっかくだから行ってみようかしら」

「それじゃあ、ガンダルシア島にご案内するね」


 僕らは馬の手綱を引いて、長い架け橋を渡った。

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