第33話 杖をついた男


 見れば見るほど独特の雰囲気を持つ人だった。

 まるで孤高の狼のようなオーラを発している。

 近づいてはならないタイプの人種かもしれなかったけど、道は一本道だ。

 わざわざルボンに引き返すのもばからしい。

 僕は緊張しながら、シャルはいつもどおりに歩いていった。


「父上、あの人は鳥を捕まえていますね。きっと焼き鳥にするのでしょう」


 男の人が膝をついているところには網の罠が張られていて、カラスが一羽かかっていた。

 だけど、その人はカラスを捕まえていたわけじゃない。

 むしろその逆で、絡まった網をカラスの足から外しているところだった。


「よお」


 僕らが近くまで来ると、男の人は人懐っこい笑顔であいさつしてきた。

 その目は澄んでいて悪人には見えない。


「こんにちは。カラスですか?」

「ああ、山鳩を獲る罠にかかちまったようだ。まあ、こいつは食っても美味くはねえからな……」


 男の人はカラスを罠から解放すると、そのまま空に向かって放してやった。

 カラスは振り返ることもなくどんよりとした空へ羽ばたいていく。


「雨が降ってきそうだ。俺もさっさと行くとするか……」


 男の人はかたわらに置いてあった杖を持ち上げ、ほんの少しだけ足を引きずるようにして歩き出した。

 雨が降りそうだというのに、わざわざ立ち止まってカラスを助けてやるのだから、悪い人ではないのだろう。

 方向は僕らと同じなので、自然と一緒に歩く形になってしまった。


「坊主たちはこの近所の子かい?」

「うん、僕はセディー、こっちはシャル。あの島に住んでいるんだ」

「ふーん……、俺はウーパーだ」


 僕の服装から貴族であることはすぐにわかったのだろう。

 だけど、ウーパーはあれこれと詮索してくるようなことはない。

 ただのんびりと、やや足をかばいながら歩くだけだ。


「ウーパー、足が悪いの?」

「昔の傷だが、たまに痛むんだ。特にこんな天気の日はな」


 雲はどんどん厚くなっていて、雨粒が落ちてくるのは時間の問題のようだった。

 このまま街道を進んでも町はしばらくない。

 ウーパーはどこまで行くつもりなのだろう?


「よかったらガンダルシア島に寄っていく? あそこには傷によく効く温泉があるんだ」

「温泉ねえ……」


 ウーパーは気乗りのしない声を出した。

 どうやら温泉の効能を信じていない様子だ。

 だけど、アイランド・ツクールの世界で、温泉はケガや病気を治すのには欠かせない施設だった。

 早めに温泉を作らないと、感染症などにかかってゲームオーバーになってしまうことも少なくなかったくらいだ。

 きっとこの世界でもかなりの効能を秘めていると思う。


「本当によく効く温泉だよ。どうせ雨になりそうなんだから寄っていけばいいのに」


 ウーバーはいよいよ雲が厚くなってきた空を見上げた。


「そうだなあ……、傷がうずいて仕方がないから、少しだけ世話になるか」

「それがいいよ。島には美味しいと評判の食堂もあるんだ」

「へえ、そいつはいいな」


 ポツリと雨粒が僕の頬にかかった。

 頭に水滴が落ちたらしく、シャルも天空を見上げている。


「急いだほうがいいかもね」


 僕ら少しだけ早足になって、島にかかる架け橋を渡った。



 ウーパーの裸は傷だらけだった。


「ほぉ、こいつはいいや!」


 僕たちは一緒に温泉までやってきたのだが、温泉を見ると、ウーパーさんは即座に服を脱ぎだした。

 体は筋肉質で無数の傷が走っている。

 まさに歴戦の戦士といった感じだった。

 ただ、どれも古い傷で、新しいものは一つもない。


「入る前にかけ湯をするであります!」


 シャルが偉そうに教えるとウーパーは笑いながら親指を立てた。


「了解だ、お嬢ちゃん。これでいいかい?」


 僕とシャルも一緒に入ることにした。


「あ~、染みやがるぜ……。なるほど、こいつはいい湯だな」

「湯治は一か月くらいかけた方が効果が高いよ。時間があるのなら、しばらく逗留していったらどう?」

「そうだなあ……。どうせ行く当てもない流浪の身だ。ここで膝を治すというのも悪くない。だが、あいにくと持ち合わせが少なくてな……」

「そんなことは気にしなくてもいいよ」


 問題は住む場所だけど、架け橋のゲートを作れば守衛部屋がついてくるはずだ。

 手狭だけどそこを使ってもらえばいいだろう。

 それにウーパーがこの島の住人になる運命の人なら、ステータスボードに何らかの変化があるはずだ。

 スキルポイントは42ある。どんな施設でも対応できるだろう。


 温泉でさっぱりした僕らはリンの食堂へやってきた。

 時刻はお昼時を過ぎていたので、僕らの他にお客さんは誰もいない。

 だけど、しょっちゅう閑古鳥が鳴いているというわけじゃないよ。

 最近では少しずつ噂が広まって、漁師さんや街道を使う行商人たちが利用しているのだ。


「あら、お客さんかい?」


 リンはウーバーに視線を向けた。

 ウーパーは長身の大男だからリンは見上げるようになっている。


「こちらは島に遊びに来たウーパーさん。今日は何ができる?」

「今日の日替わりランチはブイヤベースだよ。パンと具だくさんのサラダ付きね」

「へぇ、いい匂いがしているな。じゃあ、そいつをもらおうか。セディーとシャルの分も頼む。金は俺が出すから」


 持ち合わせが少ないと言っていたにも関わらず、ウーパーは僕たちの分まで出してくれようとしている。


「そんな、悪いよ」

「子どもは遠慮なんてしなくていいんだ。いいから一緒に食べてくれ」


 ウーパーは財布から銀貨を出してテーブルの隅に置いた。


「こいつで足りるかい?」


 スプーンを置きに来たリンは銀貨を見て笑う。


「あら、セディーとシャルの分のお金はいらないのよ。セディーはこのレストランのオーナーであり、島の領主なんだから」

「島の領主?」

「ここは僕が父上から受け継いだ無人島だったんだ」


 ランチのブイヤベースを食べながら、僕はこれまでのことをウーパーに話して聞かせた。


「そういったわけで、ルールーやノワルド先生、リンと一緒にこの島に住んでいるんだよ」

「シャルもであります!」


 ウーパーはガツガツとブイヤベースを平らげながらうんうんとうなずいていた。


「なるほど、セディーも苦労をしているんだな」

「そんなことないよ、みんな僕によくしてくれるから」


 ブイヤベースを一滴残らず飲み干したウーパーはサラダの残りをかきこんでいる。

 ハムの切り身をわきに残しているところをみると、好物は最後に取っておく性格のようだ。


「ごちそうさん! 美味かったぜ。久しぶりに満足したよ」


 ウーパーは満足そうにため息をついた。


「それで、どうする? ウーパーさえよかったらここで湯治をしていってよ」

「こんな天気なのに古傷がちっとも痛まない。きっとあの温泉に入ったおかげだろう」


 外は土砂降りになっていた。


「だが、さっきも言ったようにあいにくと俺は金に縁がないんだ」


 ウーパーがそう言った瞬間、僕の目の前でステータスボードが展開した。

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