第30話 昼食会


 約束の日がやって来た。

 今日はみんなをランチに招待する日である。

 必要なものはすべて買いそろえてあるし、料理のコツはリンからレクチャー済みだ。

 いつでもゲストを迎える準備はできている。


 正午前にドアがノックされたので、てっきりユージェニーがやって来たと思った。 ところが、扉の外にいたのはポール兄さんだった。


「叔父上! ようこそいらっしゃいました」

「お、おう……。たしかシャルロットだったな。元気にしていたか?」


 シャルに叔父さん扱いされてポール兄さんは面食らっていた。

 普段は表情に乏しいポール兄さんなのに、少しうろたえているのがおもしろかった。


「兄さん、どうしたの、突然やってきて?」


 まさかランチが食べたくてやって来たのではないと思う。

 兄さんは忙しいだろうと考えて招待状は送っていない。


「また、様子を見に来たのだ。これは土産のチーズだ」


 兄さんは自分の牧場で作ったチーズの塊をシャルに手渡していた。


「叔父上、ありがとうございます。どうぞお掛けください。昼食会まではまだ時間があります」

「昼食会? 忙しいときに来てしまったのか?」

「そんなことないよ。ご近所さんを集めてお昼を食べようってだけだから。兄さんの分もあるから食べて行って」

「悪いな」


 せっかく様子を見に来てくれたんだ、僕だってポール兄さんをもてなしたかった。

 なしのつぶてであるアレクセイ兄さんのことはどうでもいいけどね。


「でも、そうなると招待客は六人か。ここじゃ狭いから、リンの食堂を使った方がいいな」


 本日のゲストはユージェニー、ルールー、ノワルド先生、リン、シャルにポール兄さんを加えた六人だ。

 コテージの居間には入りきらないからリンの食堂を借りることにしよう。

 向こうの方がコテージより立派なキッチンがあるからちょうどいい。


「兄さん、島の食堂へ行きましょう。ここじゃあ手狭ですから」

「来る途中にあった白い建物か。ずいぶんと島が発展していないか? この前来た時は橋や道なんか見当たらなかったはずだが……」


 兄さんにはまだ僕の力を説明していなかったな。


「この島限定ですが、創造系の魔法が使えるようになったんですよ」

「創造系? 土魔法や植物魔法で工作を行う感じか?」

「ちょっと違うけど、そんな感じです。まあ、ガンダルシア島の中でしか使えないですけどね」

「それは残念だ……」


 きっと牧場の仕事を手伝ってもらいたかったのだろう。

 ポール兄さんは本当に残念そうだった。


 正午少し前にユージェニーがやって来たのを皮切りに、みんながリンの食堂に集まった。

 僕は一足先にキッチンに入り、すでに料理の準備は整っている。

 本日のメニューはこんな感じだ。


 前菜:アボカドと生ハムのサラダ

 副菜:ウニとアワビのクリームパスタ

 主菜:ロブスターのマヨネーズグリル

 焼き立てパン(ポール牧場のフレッシュチーズを添えて)

 デザート:オレンジシャーベット

 レモンバームとアップルミントのハーブティー


 テーブルに載せられた料理の数々を見て、ユージェニーは目を見開いて驚いていた。


「本当にこれをセディーが作ったの?」

「もちろん。味付けの監修はリンにしてもらったけどね」

「それにしたってすごいわ。見た目だけでなく、ちゃんと美味しいんですもの。それに、初めて食べるものがいっぱいあって、ちょっと信じられないくらい驚いているわ」


 ポール兄さんもびっくりしている。


「セディーにこんな特技があったとは知らなかった。屋敷の料理人に教えてもらったのか?」

「そうじゃないけど、書物を読んだりね……」


 前世の記憶なんて言ったら、頭がおかしくなってしまったと思われてしまいそうだ。


「この食堂はもう営業をしているのか?」

「それはリン次第だよ。なにせシェフはリンだからね。リンは僕よりもずっと美味しい料理を作るんだ」


 リンの料理は格が違うのだ。

 一つ一つの仕事が丁寧で、いくつもの手間を惜しまず、食に対する知識も段違いなのである。


「ほう、それほどか」


 兄さんの視線に、リンは少し照れていた。


「近いうちに友人たちと食事をしたいのだが、ここを使わせてもらっていいか? 珍しい料理を頼みたいのだ」


 ポール兄さんの友人というと貴族家の次男や三男で、軍の将校なんかが多い。

 食通もけっこういるから、ここで友だちを驚かせようという考えなのだろう。


「予算はどれくらいにする? それに合わせてコースを用意するよ」

「一人1万5千クラウンくらいで頼む。日取りと人数は、決まり次第手紙を送る」

「わかった。リン、かまわないよね」


 リンは力強くうなずいた。

 予約が入って嬉しいようだ。

 きっと頭の中で、もうメニューをいろいろと組み立てているのだろう。


 参加者の全員が出された料理をすべてたいらげ、昼食会は大成功に終わった。


「私の獲った魚介があんなふうに美味しくなるなんてびっくりですよぉ。これからも新鮮な魚をセディーに届けますねぇ。それと、ウニを気持ち悪いなんて言ってごめんなさい。今日で大好きになりましたぁ」


 ルールーはそう言って、漁師小屋へ帰っていった。


「すっかりご馳走になった。大変美味しかったよ。今度は一緒に洞窟へいって、ダンジョンマッシュルームを採ってこようじゃないか。あれもパスタには最高に合うからね」

「ぜひ行きましょう、ノワルド先生」


 先生はご馳走のお礼だと言って、美しい貝の化石をくださった。

 さっそくコテージの机の上に飾ったけど、それだけで部屋が書斎っぽくなったぞ。


「リン、今日の料理はどうだった?」

「茹で加減、味付け、共に上出来だよ。後は包丁さばきを究めれば立派な料理人だね」


 僕は料理人になる気はないけど、これからもリンと新しい料理の開発はしていくつもりだ。

 そのことを伝えると、リンはとても喜んでいた。


 ゲストたちを見送って、僕とシャルとユージェニーはコテージに帰ってきた。

 家に入るなりユージェニーが切り出してくる。


「さあ、あなたの願い事を言ってちょうだい」

「なんのこと?」

「料理が美味しかったら、セディーの願い事をなんでもひとつ叶えてあげるという約束だったじゃない」

「ふぉおっ! そうでありました。シャルはフルーツケーキがいいと思います。さあ父上、ユージェニーお姉さまにフルーツケーキをおねだりしするのであります!」


 ユージェニーは笑いながらシャルをたしなめた。


「ダメよ、シャルちゃん。今回はセディーのお願いをきいてあげなきゃ。フルーツケーキはまた今度持ってきますからね」


 と言われても困ってしまう。

 食材集めや料理に夢中だったから、何も考えていなかったのだ。

 改めて願い事なんて言われても、とっさには思いつかないぞ。

 強いて言えば僕もグリフォンが欲しいけど、ギアンを譲ってくれとは言えないなあ。

 幼い頃から一緒に育っているから、ユージェニーとギアンの間にはしっかりとした絆ができている。

 それを引き裂くような真似はとてもできない。


「そうだなあ……。だったらユージェニーも食堂の宣伝をしておいてよ」


 シンプソン伯爵家のユージェニーならいい宣伝効果が期待できそうだ。


「そんなことでいいの?」

「かまわないさ。食堂が繁盛すれば島も潤うはずだからね」


 アイランド・ツクールでは島の住民から家賃を徴収することができた。

 価格の設定は自分で調整できたはずだ。

 気を付けなければならないのは、家賃が高すぎると島に居ついた人たちが出て行ってしまう点にある。

 ことさら儲けたいという気はないので高めに設定する必要はないだろう。

 島を発展させたいけど、それ以上に僕は住民との関係を重視したいのだ。

 ただ、今後のグレードアップにはお金も必要になってくる。

 適正な家賃を維持していこうと思った。

 ユージェニーはちょっと考え込んでから、名案が浮かんだとばかりに顔をほころばせた。


「だったら、温泉も宣伝したら? 入浴料を徴収すれば、セディーの収入になるじゃない」

「なるほど、それは考えていなかったなあ」


 今は壁もない露天風呂だけど、もう一段階グレードアップすれば、お金を取っても恥ずかしくない施設になるかもしれない。

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