第28話 小さな食堂


 その辺に落ちている小枝を拾って、リンは器用に小さなやぐらを組み立てた。

 それから、やぐらに葉っぱを重ねて壁を作っていく。


「この中でサバをスモークするんだよ。さあ、準備ができた。火打石は……」


 火打石をとりに戻ろうとするリンを止めて、僕が火炎魔法で着火した。

 小さな枝ばかりなので火は簡単に燃え広がっていく。

 火がしっかりしてくると、リンはウッドチップを盛った鉄皿を焚き火の上に置いた。


「こうするとウッドチップから煙が出てくるんだ」


 やぐらの入口を葉の付いた枝で塞ぎながらリンが教えてくれた。

 これは桜の木のウッドチップで、しっかりした香りがつくのが特徴らしい。


「スモークには少し時間がかかるから、その間に他の材料の準備をしちゃおうね」


 頭の中では、すでに料理の段取りが組み立てられているようだ。

 リンは手際よく準備を進めていく。

 僕とシャルも野菜を洗い、道具の片付けなどを手伝った。


 テーブルの上には見栄えのするサンドイッチがのっていた。

 短い時間だったのに、食卓には野菜のスープも並んでいる。

 彩り鮮やかな野菜がいっぱいで、いかにも美味しそうだ。

 前世の日本だったら〈ばえ〉のする、といった形容をしたと思うくらいに素敵である。


「美味しそうだなあ」

「ううっ、待ちきれないであります」


 期待に胸を膨らませる僕らを見て、リンは満足そうな笑みを漏らした。


「さあ、召し上がれ」

「いただきます!」


 サンドイッチにかぶりつくと、口の中に異次元の感動が広がった。

 前世の人生も含めて、僕がこれまで食べてきた中でも最高に美味しいサンドイッチだ。


「サバの臭みがまったくないし、すべての具材が調和している!」


 パン、燻製のサバ、野菜、アボカド、マヨネーズ、香辛料、わずかに香る柑橘類の香り、すべてが混然一体になって重厚な味の交響曲シンフォニー奏でている。


「美味しいです! 美味しいであります!」


 僕らは夢中になってサンドイッチとスープを平らげていく。

 僕らの喜びようを確認してからリンも食事を始めた。


「このマヨネーズっていうソースは奥が深いね。いろいろな料理に仕えそうだよ」

「タルタルソースも美味しいんだよなあ」

「なにそれ⁉ 今すぐ教えて!」


 リンの食いつきようはすごい。

 食の情報となると、いくらでも知りたいようだ。


「ちょっと待ってよ。先にサンドイッチを食べさせて」

「わかったわ……。それにしてもクセになる味よね」

「未確認情報だけど、大昔にはマヨラーと呼ばれる人たちがいて、あらゆる食材にマヨネーズをつけて食べていたんだって」

「へ~、そんな記録があるんだ。さすがになんにでもは嫌だけど、私なら……」


 リンは新しいレシピをいろいろ考えているようだ。

 そしてやおら頷くと僕に向かって訊いてきた。


「この島は本当に不思議な島ね。もしよかったら、しばらく滞在してもいいかな?」

「もちろんだよ。好きなだけいてくれていいからね」


 その瞬間、僕の目の前でステータスボードが開いた。


 小さな食堂の作製が可能になりました!

 条件:腕の良い料理人と仲良くなること。

 必要ポイント:5

 備考:今なら各種道具をプレゼント


 リンと知り合ったおかげで食堂を作れるようになったぞ! 

 夕暮れ時で、外はそろそろ薄暗くなっている。

 今のうちに食堂をつくってしまおう。


「食事が終わったら外へいこう。いいものが作れそうだから」

「父上、力が満ちたのですね?」

「まあ、そんなところ」


 僕とシャルの会話を聞いてリンが首を傾げている。


「どういうことなの?」

「美味しい料理を食べさせてもらったお礼に、今度は僕の魔法を披露するよ」


 片付けは後にして、僕らは先に外へ出た。



 小さな食堂の予定地はコテージのそばだった。

 同じ高台にあり、海がよく見える場所だ。保有ポイントは37も貯まっていたので小さな食堂を作るのは簡単だった。


「ど、どういうことなの、これ……?」


 突如現れた食堂をみてリンが腰を抜かしていた。

 白い土壁の一軒家で、海側にはウッドデッキもついている。

 テーブルの数はぜんぶで四つ。

 こぢんまりとした町の食堂って風情だった。


「これはレストラン?」


 リンは恐る恐るといった感じで店の中を覗いている。


「まだ、レストランって感じじゃないよ。今は食堂って表現の方がしっくりくるな」


 こちらも成長させていけば高級レストランへ育成することは可能だ。


「入ってみようよ」


 リンとシャルを連れて店の中に入った。

 店の壁はクリーム色の珪藻土で塗られていた。

 窓枠は青く塗装され、爽やかな印象を与えてくる。

 テーブルと椅子は高級品ではなかったけど、居心地のよい空間が広がっていた。


「セディー、キッチンを見てもいいかな?」


 さすがは料理人だ。

 いちばん気になるのはそこのようだ。


「遠慮せずに入ってみて。好きに触っていいからね」


 キッチンには大鍋やフライパンなど、一通りの道具がそろっていた。

 それだけではない、大型の魔導コンロや水魔法を応用した給排水システムまで完備しているではないか。


「たいしたもんだね。これならすぐにでも営業を始められそうだ」


 リンはコンロの火力を確かめている。


「厨房の奥には休憩室もあるね。島にいる間はここを使ってよ」

「いいのかい?」

「うん、よかったらここでレストランを始めてくれたってかまわない」

「はあ? 私とセディーは今日知り合ったばかりだよ。どうしてそんなに親切にしてくれるの?」

「ん~、それは僕の秘密に関係があるんだ。この食堂はね、リンと知り合えたから作ることができたんだ」

「私と知り合ったことで、魔法が使えるようになったの?」

「まさにそれ! 運命の人と出会うと、僕は能力を発動できるんだよ」

「私がセディーにとって運命の人?」


 はっきりしたことは言えないけど、僕はそんな気がしている。


「やっぱり信じられないよね?」

「……そんなことない」


 しばらく考えてからリンはそういった。


「私にとってもセディーは特別な人なのかもしれない。こんなことを言ったら変だとおもわれるかもしれないけど、このガンダルシア島が私を呼んでいる気がするの」

「それはきっと気のせいじゃないと思うんだ」

「うん……」


 真面目な表情でリンは考え込んでいる。


「とにかく、好きなだけ島にいていいからね」

「ありがとう。お世話になるけど、よろしくね」


 リンは自分の運命を信じてみようという気になっているのかもしれない。

 僕も腕のいい料理人がご近所さんになってくれてうれしい。


「リンがここにいてくれるのなら、僕からプレゼントがあるよ」


 ポイントを3消費して業務用の大型冷凍冷蔵庫を手に入れた。


「これ、氷冷魔法を使った高級魔導具じゃない! セディーはこんなものまで手に入れることができるの?」

「まあ、島の中で使う分ならね」


 ポイントで手に入れたアイテムは島の外へ持ち出すと使えなくなってしまう。

 だから、冷蔵庫などを輸出して儲けるのは不可能なのだ。

 そうじゃなかったら簡単に鶏やヤギを買えるのにね。

 そこまで世の中は甘くないということか。

 現在の保有ポイントは29。

 明日までに10ポイント回復すれば39。保

 有可能な累積ポイントの上限は40だから、ちょうどよかったかもしれない。


「ありがとう。私、セディーとシャルのためにたくさん料理を作るからね」


 それは僕にとっても嬉しい申し出だったし、シャルは僕よりはしゃいでいた。

 リンの料理は僕のよりもずっと美味しいもんね。

 格の違いがありすぎて悔しさも湧いてこないよ。

 リンは料理人としてずっと修業をしてきたのだから、それは当然のことだ。

 それよりも、僕の前世の知識と、リンの料理の腕、ガンダルシア島の食材が結びついたらどんな化学反応が起きるか、僕はそのことに期待している。

 きっと、素晴らしい料理ができるんじゃないかな。

 とにかく、無人島だったガンダルシア島に新しい住人が増えるのは喜ばしいことだった。

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