第26話 初めての食材、初めてのソース


 ガンダルシア島へ渡る架け橋を見るとリンは興奮して喜んでいた。


「いいね。いかにも冒険って感じがするよ。美味しい食べものの予感がする」


 わからないでもない感想だ。

 雰囲気としてはRPGゲームのエリアマップで島へ渡るのにそっくりだもんね。


「まずは島で漁師をやっているルールーに引き合わせるよ。海産物のことなら彼女に訊くといいよ。森の中の植物は好きに獲ってもらってかまわないからね。おっと!」


 話の途中で僕は星形の窪みを見つけた。


「ちょっと失礼。待っていて」


 携帯していたスコップで地面を掘り返す。

 今度こそ醤油の実が出てほしい。

 地面を掘り返していると、後ろからシャルとリンの会話が聞こえてきた。


「セディーは何をやってるの?」

「父上は宝さがしをしているであります。父上が地面を掘ると必ず宝が出てくるであります」

「えー、嘘みたいな話だね」

「嘘ではありません。父上は百発百中なのであります!」


 十センチほど掘るとスコップの先端に何かが当たった。


「お、春虫秋草か。これは魔法薬の材料になるんだよね。サンババーノで売れるかな?」


 春虫秋草は虫に寄生した茸の一種だ。

 回復薬や精力剤になると本には書いてあった。


「へえ~、お宝って言うから金貨でも見つけるのかと思ったけど、素材を見つけていたんだね。たいしたもんだ」


 実は金貨が出ることもあるのだけど、詳しい説明はまた今度でいいだろう。


「父上、醤油の実ではありませんでしたか……」


 シャルがしょんぼりした顔をしている。

 醤油をつけて食べるウニご飯の美味しさを力説したので、シャルはすっかりその気になっているのだ。


「大丈夫、いつかは必ず見つけるからね」


 アイランド・ツクールでも醤油の実を見つける確率は低くはなかったはずだ。

 年がら年中探していれば、そのうち見つかるだろう。


 ルールーやノワルド先生と顔合わせをした後、リンは島中を巡って食材を集めてきた。


「アミタケ、オレンジ、キイチゴ、これは何かしらね?」


 リンは拳大の黒い果実を差し出してきた。


「え、これ……ア……、ア……」


 遠い前世の記憶が僕の頭の中によみがえる。


「アボカドだ!」

「アボカド? 聞いたこともない名前だね。この辺ではよく食べるのかい?」


 いや、この地域でアボカドが採れるなんて聞いたことがない。

 ダンテスの屋敷でだって食卓に上ったことは一度もないぞ。

 きっと、採れるのはガンダルシア島だけだと思う。

 後でノワルド先生に確認しておこう。


「おそらく、この島にだけに生えていると思います」

「そんな珍しい食材なんだ! こいつは大発見だね。いったいどんな味がするんだろう」


 リンがもいできた実は黒く熟していて食べ頃だった。


「生のままでも食べられますよ。さっそく食べてみましょう」

「それがいいであります!」


 誰よりも張り切っていたのはシャルだった。

 前世ではアボカドに醤油をかけるのが好きだったんだけど、残念ながら醤油の実はまだない。

 仕方がないので少量の塩をかけて食べることにした。


「こいつは驚いた。美味しいじゃないか! クリーミーな食感もおもしろい。いろんな料理に仕えそうだね」


 少量のアボカドを口に含んだリンが喜んでいる。


「僕の故郷では丘のバターなんて呼ばれていましたよ」

「故郷? この辺ではそう呼ぶのかい? たしかアボカドはこの島にしか生えてなかったんじゃないっけ?」


 しまった。

 故郷は故郷でもこれは前世の話だ。


「言い間違えました。ここではそう呼ぼうかなって話です」

「なるほど、丘のバターはいい表現だね。パンとの相性もよさそうだし」


 そうそう、サンドイッチにしても美味しいんだよね。


「スモークサーモンとアボカドのサンドイッチを食べたことがあります」

「スモークサーモンと合わせるのか! それはおもしろい。他には何が挟まってた?」

「たしか、トマトとスライスオニオン、あと、マヨネーズだったかな?」

「マヨネーズ? なにそれ!」


 リンはメモ帳を取り出して僕の言葉を書きつけている。

 そういえば、この世界にはマヨネーズもなかったなあ。


「マヨネーズというのは卵とオイルを使ったソースの一種ですね」

「私は諸国を渡り歩いていろんな料理のレシピを集めたけど、そんなソースは初めて聞くよ」


 それはそうだろう。

 マヨネーズが作られたのは昔のフ……、フラ……、フラミンゴ? 

 ダメだ、よく思い出せない。

 まあいいや、作り方はなんとなく覚えているからね。

 卵黄と酢をよく泡立てながら、少しずつ油を混ぜていけばできたと思う。


「作ってみます?」

「ぜひ食べさせて。お礼は何でもするから!」

「材料は揃っているかな?」


 塩、酢、卵、オリーブオイルはキッチンにあった。

 問題は調理器具だ。


「かき混ぜる道具がないなあ。お箸じゃ上手に泡立たない気がする」

「泡立て器が必要なのかい?」


 リンはバッグから自分の道具を出してくれた。


「立派な調理道具ですね」

「鍛冶屋に特注したんだ」


 この世界では調理器具も特注品だ。

 ホームセンターで買ってくるなんてことは不可能である。

 だから、リンの道具はどれだって貴重品なのだ。

 それはもう、お侍にとっての刀くらいの意識かもしれない。

 それにもかかわらず、今日知り合った僕にリンは道具を貸してくれるのだ。

 それくらいマヨネーズが食べたく、さらに言えば、食への情熱が溢れているのだろう。


「では、泡立て器をお借りしますね」

「私はルールーのところへ行ってくるよ」

「どうして?」

「魚を分けてもらうんだ。スモークサーモンの替わりになるものを見つけてくる」


 リンはすぐに出かけて行ってしまった。

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