第25話 さすらいの料理人
日課になっている畑仕事が終わると、僕とシャルはルボンへ出かけた。
ルールーが教えてくれた食料品店でロブスターとアワビを売るためだ。
コテージを出てしばらく歩くと、道のわきに星形のくぼみがあった。
もしかしたら、醤油の実が出てくるかもしれない。
こんなこともあろうかと携帯していたスコップを取り出し、僕は喜び勇んで窪みを掘り返した。
「父上、どうしたのですか? 突然地面を掘り返したりして」
黄龍であるシャルにも、この窪みは見えていないか。
これを認識できるのは、ここがアイランド・ツクールの世界であることを知る僕だけのようだ。
「僕の特殊能力だよ。ここを掘れと僕の魂が告げているんだ」
「ふぉお……!」
シャルは人を疑うということを知らない。
素直に信じて感心していた。
ザクザクと土を掘り返すこと二〇センチ。
僕は何かを掘り出した。
「これは調味料の実じゃないか!」
残念ながら出てきたのは黄色いカレーの実だった。
欲しかった醤油の実は紫色をしているのだ。
でも、これはこれでうれしいな。
アイランド・ツクールの中だと、カレーの実が三粒あれば二人前のカレーが作成できた。
きっと、この世界でも分量は同じくらいだろう。
僕は見つけたカレーの実をハンカチに包んで、大事にポケットにしまっておいた。
教えてもらった食料品店は予想以上に大きかった。
店舗の裏には買い取りカウンターもあり、僕たち以外にも、卵でいっぱいのかごを抱えた農家の奥さんなんかもいる。
僕とシャルは奥さんの後に並び、自分たちの順番が来るのを待った。
「次の人」
がっしりとした体にゴワゴワのひげを生やしたおじさんに呼ばれた。
「坊やは何を持ってきたんだい?」
「ルールーの紹介できました。ロブスターとアワビをもってきたんです」
「漁師のルールーか。ということは、坊やも漁師かい? そうは見えないけど……」
おじさんは不思議そうに小首をかしげている。
「自分はガンダルシア島の領主です。これはうちの島でとれた産物なんですよ」
「ああ、坊やが噂の領主様か。ルールーやサンババーノのばあさんたちから聞いてるよ。あのばあさんたちに一目置かれるとはたいしたもんだな」
一目置かれているのはシャルなんだけど、黙っておくか。
「これからは何かとお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
「なるほど、小さいのに礼儀正しいんだなあ。さすがは貴族の坊ちゃんだ。どれ、品物を見せてもらいましょうかね」
おじさんはロブスターとアワビを台の上で吟味し始めた。
「ずいぶんと大きなロブスターだね。それはどこでとれたの?」
ふいに後ろから声をかけられた。
振り返ると、スレンダーで目の細いお姉さんがまじまじと台の上のロブスターを凝視している。
黒髪を二つのお団子にして、頭の上で束ねていた。
「この近くのガンダルシア島で獲れたんですよ」
「そのアワビも?」
「ええ、この辺は海沿いだから海産物が豊富なんですけど、ガンダルシア島で獲れるものは特に美味しいようです」
これはルールーからの受け売りだ。
「同じ地域でも、魚介の味が格段に美味い場所の話はあちらこちらで聞くわね。旅の間もそんな場所を何度か見てきたわ」
「お姉さんは旅人ですか?」
「そうよ。諸国を渡り歩いて、いろいろなレシピや食材を調べているの」
ノワルド先生といい、このお姉さんといい、旅に出る人が多いんだな。
「ねえ、君はそのガンダルシア島の住人なの?」
「住人というか領主です。僕はセディー・ダンテス」
「領主!?」
こんな子どもが領主だからお姉さんは驚いたようだ。
細い目がいくぶんか大きく開いている。
「これは失礼したわね。私はリン・シトロン、旅の料理人よ」
「リンは食材を探しているんだよね。だったらガンダルシア島に来てみない? 僕もまだ島に来たばかりだからよくわからないけど、ひょっとしたら珍しい食べ物があるかもしれないよ。あそこは不思議な島なんだ」
「不思議な島?」
リンは目をキラキラさせている。
食材を求めて旅をするくらいだから好奇心が旺盛なのだろう。
「島の海産物は大きくて味がいいし、農産物だって評判なんです。成長も他所より早いような……」
三日で収穫できることは黙っておこう。
「おもしろそうね。島を探検すれば、未知の食材にであえるかしら……」
「きっとそうですよ」
リンが島に来てくれれば、僕の知らない新たな食材を発見してくれるかもしれない、そんな子どもらしからぬ打算が頭の中で働いていた。
それに、新たな出会いによって島がまた発展するかもしれないのだ。
この機会を逃がす手はないぞ。
「よかったら島に来ませんか? 見つけた食材はすべてさしあげますから」
「本当にいいの? 高級食材を見つけちゃうかもしれないんだよ?」
リンは興味津々だ。
「かまいません。ただ、新しい食材をみつけたときは、ちょっと味見をさせてもらえればありがたいです」
僕のすぐ横でシャルがヘヴィメタルバンドのヘッドバンキングみたいに頭をブンブンと振って同意していた。
シャルも美味しいものには目がないのだ。
「わかった。料理のことなら任せておいて。見つけた食材で最高の料理を振舞うよ」
こうして、リンは僕らと一緒にガンダルシア島へ行くことになった。
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