第24話 ロブスターを料理しよう


 砂浜で火をたいた。

 流木がいくらでも転がっているので燃料に困ることはない。

 積み上げた薪にファイヤーボールで着火した。


「セディーは攻撃魔法が使えるのですね、すごいですぅ!」


 ルールーが感心して褒めてくれる。

 よほどの天才でない限り、魔法を使うには特別な修練が必要なのだ。

 僕は小さいころから家庭教師について魔法の訓練をしていたので、小さな火球くらいなら自在に操れるようになっている。

 素潜りではルールーやシャルには及ばなかったので、なんとか面目躍如めんもくやくじょといった具合だった。

 海で冷えたからだが温まると僕はさっそく料理を開始した。

 まずは長いナイフでウニの殻を割っていく。


「とげが刺さらないように慎重に……」

「それならシャルにお任せください!」


 シャルは竜の爪を使って、次々にウニの殻を割っていった。

 トゲなどまったく気にならない様子だ。


「ありがとう、シャル。助かったよ」

「えへへ、また父上に褒められてしまいました」

「次はこのオレンジ色の部分を取り出して、水でよく洗っていくよ」


 海水を使ってよく洗いながら過食部分を取り出す。

 今日はソースにするから、それほど慎重にならなくてもいいだろう。

 どうせ鍋の中で崩してしまうのだ。


「どれ、味見を……、うん、美味しい!」

「シャルも食べたいであります!」

「わかった、わかった。はい、あーん」

「あーん」


 ウニをのせたスプーンを近づけるとシャルはひな鳥のように大きく口を開けた。


「う~ん……、美味しいでありますっ!」

「だろう?」

「濃厚で、クリーミーで、トロトロで、シャルはウニが気に入りました!」


 この感動を分かち合えることができて僕もうれしいよ。

 本音を言えば、炊き立てご飯とお醤油もほしいところだけどね。

 ……待てよ。

 ご飯はともかく、アイランド・ツクールの中では醤油を手に入れる方法があったはずだ。

 いや、正確に言えばそれは本当の醤油ではない。

 いわゆる代替品で、調味料の実と呼ばれるものだ。

 調味料の実には種類があり、醤油の実、カレーの実、ソースの実、などがあったはずである。

 醤油の実を乾燥させ、粉状にすりつぶし、水を加えれば醤油に近いものになった気がする。

 もっとも、記憶はゲームの中でのことなので、味についてはよくわからない。

 だけど、やってみる価値はあると思う。

 星形の窪みを掘れば、調味料の実も見つけられるはずだ。

 スコップも買ったことだし、今後はもっと精力的に窪みを掘り返してみよう。


「父上、もっとウニを食べたいです」

「え~、今日はこれをソースにするから、あと一口だけね」


 ルールーは僕らがウニを食べるのを見て、顔をしかめていた。

 やっぱり生で食べることは嫌なようだ。

 でも、ルールーにも美味しいって言ってもらいたいなあ。

 火を入れれば食べてもらえるかな?

 料理といっても、僕はきちんと習ったことなんてない。

 前世で見た料理動画をぼんやりとおぼえているだけだ。

 その動画の中に、イセエビのウニソースというのがあった。

 今日はそれを真似てみようと思う。

 指なんて簡単に落としてしまうくらいロブスターのはさみは強力だ。

 挟まれないように気を付けながらお湯が煮え立つ鍋にロブスターを放り込んだ。


「シャルもお手伝いします!」

「気を付けて。挟まれると大変だよ!」

「ん?」

「あれ?」


 注意したときはもう遅かった。

 ロブスターはがっちりとシャルの手を挟んでいる。

 だけど砕けたのはロブスターのはさみの方だった……。


 ロブスターを十五分くらい茹でて、鍋から取り出した。

 黒っぽかった殻は真っ赤になっている。

 レストランで見るあの色だ。


「レ~ッド・ロブスタ~♪」


 突如よみがえる前世の記憶。

 CMソングを口ずさみながら、火の通ったロブスターの身を取り出していく。

 プリプリにしまった身は、この時点でもう美味しそうだった。


「父上、一口だけでも……」

「まだ駄目。ちゃんと料理が出来上がってからね」


 熾火にフライパンを載せ、たっぷりのバターとニンニクを入れた。

 すぐにバターは溶け出し、ジュウジュウと音を立て始める。


「ここにロブスターの身を取り出すときに取り分けておいたミソを入れるよ」


 甲殻類のミソはたいてい美味いと決まっている。

 きっとロブスターのミソだって美味しいだろう。

 バター、ニンニク、ロブスターのミソ、これだけでも極上の味だと思うけど、僕はさらにウニを投入した。

 海岸に特製ソースの豊潤な香りが漂い始めた。


「はわわっ!」


 居ても立っても居られない、といった様子でシャルが小さな手足をばたつかせている。

 ウニを食べるのを嫌がっていたルールーも、待ち遠しそうにフライパンの中を見ているぞ。

 木べらでかき混ぜてソースを仕上げていく。


「シャルはもうたまりません。ち、父上……」


 シャルだけじゃない。

 ルールーまでもがソースの香りにごくりと唾を飲み込んだ。


「最後にバターソテーしたロブスターの切り身と合わせて完成だ」


 彩りに島に生えていたパセリを添えて料理は完成した。


「いかがかな?」

「は、早く、父上!」

「ウニなんて食べられるとは思えなかったけど、これはすごく美味しそうですぅ。だって、こんなにいい香りなんですものぉ」


 ルールーの家から持ってきた木匙で、僕らはソースがたっぷり絡んだロブスターを口に入れた。

 とたんに広がるウニのうま味をロブスターの弾力が追いかけてくる。

 口の中に広がる濃厚な味わいは圧倒的だった。


「美味しいです、父上! これまで父上が作ってくれたものの中で一番おいしいです」

「ウニなんて初めて食べたけど、こんなに美味しいものだったんですねぇ。知らずに生きてきたことが損に思えてきますぅ」


 みんなが僕の料理を美味しいって言ってくれるのは嬉しかった。

 これなら三日後の料理だってうまくいくと思う。


「そんなに気に入ってもらえたのなら、これも食事会のメニューに加えようかな?」

「それがいいですぅ」

「シャルもまた食べたいであります!」


 ロブスターは十八匹もとれたので、二匹はノワルド先生にもおすそ分けしておいた。

 残りとアワビ一つは、明日になったら町の食料品店で売ることにしよう。

 それまでは網に入れて海に沈めておくことにした。


「はさみで網を切られたりしない?」

「こうしておけば大丈夫」


 ルールーは金属製の枷をロブスターのはさみにつけていた。

 これを売れば、また貯金ができるかな? 

 鶏とヤギが買えるまでもう少しだ。

 でも、パスタや生クリームも買わなければならない。

 三歩進んで二歩下がる、といった感じだったけど僕の心は充実していた。

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