第23話 素潜りを楽しむ


 準備をすませた僕らは海岸までやって来た。


「それじゃあ、素潜りのやり方を教えますねぇ」


 今日はルールーが僕らの先生だ。

 おっとりしているルールーだけど、そこは現役の漁師さん。

 泳ぎは達人級に上手い。

 僕は水泳ができるように厚手のハーフパンツに着替えている。


「まずこれに履き替えてください」


 ルールーが差し出してきたのは足袋のような履物で、これなら履いたままでも泳げそうである。


「どうしてこんなものを?」

「岩場で足を怪我しないためですよ。はい、シャルちゃんも」

「シャルはいらないであります!」


 シャルはどこへ行くにも裸足だ。

 ドラゴンの皮膚なら岩場でも平気だろう。

 だけど、ルールーはシャルのパワーをまだよく知らないので、心配そうに僕を見た。


「本当にシャルなら平気なんだ。いつだって裸足で走り回っているから」

「でもぉ……」

「洞窟だって裸足であります! 貴重な鉱物の結晶を踏みつぶして、ノワルド先生に叱られたであります」


 そんなこともあったな。

 綺麗な結晶だったけど、シャルがバラバラにしてしまったのだ。

 先生は残念そうにしていたっけ……。



 まずは練習ということで、比較的浅いところへボートでやってきた。

 海底までは三メートルくらいはありそうだけど、波は穏やかだったので怖くはなかった。


「じゃあ素潜りに挑戦していきますよぉ。セディーは泳げるのですね?」


 僕は胸を張ってうなずいた。

 ダンテス領は海沿いなので、小さい頃から海には慣れ親しんでいる。

 泳ぎだって得意な方だ。

 ボートから降りてそっと海に入った。


「シャルちゃんは泳げるかな? って、ええ⁉」


 シャルはいきなり海へ飛び込んだ。

 そして高速移動を開始する。


「あははははははっ!」


 水しぶきを上げながらシャルがすごい勢いで泳いでいるけど、そのスピードは尋常じゃない。

 オリンピック選手だって、あんなに速くは泳げないんじゃないか?


「生まれて初めてですが、泳ぐのは楽しいであります!」


 やっぱりドラゴンは規格外だ。


「生まれて初めてであれ? ていうか、どうやって泳いでいるのぉ?」


 言われて僕も気が付いた。

 シャルはほとんど手足を動かしていないのだ。


「シャル、こっちに来てごらん」

「なんでしょう、父上?」


 シャルは僕の方まで泳いできて、首筋に抱き着いた。


「シャルは一体どうやって……、え、しっぽ?」


 シャルのお尻の上から長いドラゴンのしっぽが生えていた。

 僕が気付くとシャルは嬉しそうに笑った。

 長いしっぽがビタンビタンと海面を叩いている。


「しっぽを使うと速く泳げるであります。気持ちがいいであります!」


 なるほど、そういう理屈だったのか。


「シャルちゃんって、本当にドラゴンだったのね……」

「黄龍です。最強種であります!」


 ルールーはあっけに取られて何もしゃべれないでいた。

 

「シャルは大丈夫そうだから、僕に素潜りを教えてよ」

「そ、そうですね。それじゃあ始めましょう。まずは体の力を抜いて、大きく息を吸ってください。新鮮な空気をたくさん体に取り込むのですぅ」

「うん、やってみる」


 僕は深呼吸を繰り返す。


「そしたら、水面にうつぶせになって顔をつける。そのとき、視線はおへその下あたり、海の底を見つめるんですよぉ」


 これも言われた通りにやった。

 太陽の光を受けて、海の中が輝いている。

 色とりどりの海藻や、元気に泳ぐ小魚が見えた。

 耳元でルールーの声が聞こえた。


「視線の位置を変えずに頭を真下に潜り込ませてみて。腰を曲げて、体を箱の角みたいに曲げることを意識してください」


 腰を直角に曲げればいいわけか。


「頭が入ったら、足を真上に持ってきて、体を一本の棒みたいするのですぅ。そうしたら手で水をかく。さあ、やってみてください」


 言われた通りにしてみた。

 浮力に逆らって潜るのは苦しかったけど、海の中はそれを忘れるくらいきれいだった。


「どうでしたぁ?」


 水面から顔を上げるとルールーが僕の体を支えてくれた。


「あんまり深くは潜れなかったよ。息が続かなくて」


 ルールーは五メートル以上潜れるのに、僕はせいぜい二メートルがいいところだ。


「最初はそんなものですよぉ。だんだん慣れていけばいいのですぅ。私も深いところに潜るときは重りを使ったりしますからぁ」

「へえ、重りを使えば僕も深くまで潜れるかな?」

「はい。でもセディーはまだダメですよぉ。それはずっと慣れてからですぅ。ところで、これを見つけましたぁ」


 ルールーはウニが入ったアミ袋を持ち上げてみせてくれた。

 ガンダルシアのウニはかなり大きい。


「おお、立派なウニだ。これなら食べ応えがありそうだね」

「本当に食べる気ですかぁ?」


 食習慣ってなかなか変えられないものなのだろう。

 とりあえず調理して食べてもらうことからだな。

 僕は生で食べるけどね!


「父上、ハサミを持つ魔物を捕獲したであります!」


 自由気ままに海へ潜っていたシャルが、突如海面に姿を現した。

 両手に一匹ずつ大きな生物が握られている。


「あら、ロブスターじゃない」

「おお! それも美味しいんだよね」

「なんと、こいつは美味しいでありますか? もっと獲ってくるであります!」


 シャルは船上のバケツにロブスターを放り込むと再び海に潜っていった。


 今日の漁は大量だった。

 ロブスターは十八匹も捕まえたし、アワビも四個集めることができた。

 ウニだって二十個も見つけた。

 僕も素潜りで四個獲ったよ。

 次はもっと深くまで潜れるようになりたいな。

 スキンダイビングみたいにフィン(足ヒレ)があると便利かもしれない。

 アイランド・ツクールのゲーム内だと、そういう装備があった気もする。

 だけど、どうやったら手に入るかまでは覚えていない。

 今後に期待してみよう。

 今は自分で努力して素潜りのスキルを上げていくのだ。


「父上、アワビをむしり取ってきたであります!」


 アワビを獲るときはナイフを使うのだけど、シャルは素手でやってのける。

 うん、二の腕から下がドラゴンになっているね。

 シャルの手には鋭い竜の爪が生えていた。


「それじゃあさ、浜でロブスターを焼いて食べようよ」

「賛成であります!」


 言うが早いか、シャルはもう岸に向かって泳ぎだしていた。

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