第22話 ガンダルシアウニ


 ユージェニーを見送って、僕はしばらく考え込んだ。

 どうせ作るのなら、みんながあっと驚き、喜んでもらえるものを料理したい!


「父上、なにかお悩みでしょうか?」

「うん、どうやったら美味しいものを作れるか考えているんだ」

「素晴らしいです。どうぞ、頭から湯気が出るまで考えてください!」


 シャルは美味しい料理が食べられそうだと、無邪気に喜んでいる。


「頭に湯気が出るまでか……。茹でダコというのもいいけど、それじゃあ芸がないよな」


 タコとセロリのマリネなんか美味しそうだけど、この近海でタコなんて獲れたかな?

 ルールーがもってきてくれたことはない。


「困ったときは先生に相談すればいいであります!」


 素直さとは時に最良の解決策となる。

 なるほど、ノワルド先生ならいい知恵を授けてくれるかもしれない。

 僕はさっそく先生を訪ねた。


 錬金小屋に行くとノワルド先生は書き物の最中だった。


「ガンダルシア島の植生をメモしておるのだよ」

「それはちょうどよかった、なにか珍しくて食べられそうなものはありませんか?」

「可食の動植物を探しているのかね?」

「はい、それも美味しいものを、です」


 僕は先生に事情を説明した。


「ふむふむ、食材探しか。なかなかおもしろそうな話だな」

「どうせなら、みんなが食べたことのないものがいいのですが」


 ノワルド先生は腕を組んで考え込んでいたけど、突然ポンと手を打った。


「ウニだ!」

「ウニというと、あのトゲトゲの?」

「うむ、本来ウニというのは棘皮動物の総称だが、昨日浜辺で食用になる紫ウニの仲間を見つけたのだよ。おそらくあれはこの島の固有種だな。ガンダルシアウニと言っても差し支えはないだろう」


 ここではウニも獲れたのか! 

 ウニと言えば美味しい食材なのだが、この地域で食卓に上がることはない。

 形がトゲ岩という魔物に似ているからだろう。

 トゲ岩はダンジョンなどに潜み、爆発してトゲを飛ばす恐ろしい魔物だ。

 だからルールーもウニを獲らない。

 きっと食べられるということさえ知らないと思う。

 だけど僕は知っている。

 ウニは非常に美味しいのだ。


「ウニはいいですね。みんなも気に入ると思います」

「その口ぶりからすると、セディーは食べたことがあるのだね?」

「まあ……」


 食べたことはあるけど、それは前世の記憶だ。

 旅行で積丹しゃこたんに行ったときに……。

 積丹? それはどこだっただろうか? 

 だめだ、鮮明には思い出せない。

 まあいいや、今は記憶のことは置いておこう。


 ウニをそのまま出したらユージェニーやルールーに嫌がられてしまうかな? 

 だったら、アワビとウニのパスタなんてどうだろう? 

 アワビもガンダルシアの名産だ。

 先日食べたアワビは味が濃厚で非常に美味しかった。


「先生、ありがとうございました。おかげでいい料理を作れそうです。三日後のランチには先生もご招待しますので、ぜひいらしてください」

「ありがとう、楽しみにしているよ。ああ、セディー、ウニを食べるときは断然雄のほうが美味いからな」

「そうなのですか⁉」

「ウニの可食部分は雄ならオレンジ色の精巣、雌なら黄色の卵巣である。苦みが少なく、まろやかなのはオレンジ色の雄の方だ」

「先生はそんなことまで知っているのですね」

「諸国を放浪していれば金が尽きるときもある。そういうときはその場にあるもので済ませたものだ」


 海岸でウニを拾って食べたんだろうなあ……。

 住民は食べないから、いっぱい落ちていたのだろう。


 錬金小屋を後にして、今度は漁師小屋を訪ねた。

 ルールーは漁から帰っていて休んでいたようだ。

 漁師の朝は早いので、この時間はお昼寝をしていることが多い。

 名前を呼ぶとルールーはクシャクシャの頭を掻きながら起きてきてくれた。


「ごめん、寝ていたんだね」

「いいのですよぉ、そろそろ起きようと思っていましたからぁ。ふぁあ……夕方の漁の準備にかからないといけませんので」


 日没にはまだ間があったけど、午後もだいぶ過ぎている。

 ボートの点検をしたり、破れた網を繕ったりと、漁師のやることは多い。


「私になんのご用ですかぁ?」

「ルールーはウニって知っている?」

「ああ、磯なんかにいる、あのトゲトゲですねぇ。気を付けないと踏んでしまうから危ないんですよぉ。まあ、トゲ岩のように攻撃してくるわけではありませんけど」

「ガンダルシアにもウニはいるんだね?」

「深いところだと大きいのがうようよいますぅ」


 これは期待できそうだ。

 今回の料理だけじゃなく、いつかはお米を手に入れて大盛りウニ丼を食べる、なんて野望が頭をよぎる。


「ウニなんてどうするんですかぁ? ひょっとして錬金術の素材?」


 食材になるとは想像もつかないようだ。


「違う、違う、食べるんだよ」

「あんなものを食べる!?」

「うん、美味しいんだよ」

「だって、トゲトゲよ」


 食用となる部分は生殖腺だと言ったノワルド先生の言葉がよみがえった。

 精巣と卵巣を食べるんだよ、なんて言ったらルールーはびっくりしちゃうかな? 

 とりあえずは黙っておこう。


「トゲトゲの中身を食べるんだよ」

「ふーん……、セディーは食べたことがあるのですかぁ?」

「もちろんさ。僕の大好物なんだ」


 前世のことだけどね。


「そっかあ、貴族のお屋敷ではウニを食べるんですねぇ。私、あれが食べられるなんてちっとも知りませんでしたぁ」

「三日後のランチでウニを使った料理を作りたいんだ。悪いんだけど、ウニ集めを手伝ってくれるかな。それとアワビも」

「わかりましたぁ。お世話になっているセディーのためだもの、必ず捕まえてあげますよぉ。それで、食材はいつ届ければいいですかぁ? 三日後? それとも今日にも欲しいのかしら?」


 みんなにご馳走する前に練習しておきたい。

 動画で見たレシピはうろ覚えなのだ。


「できれば、今から獲りに行きたいけど、かまわないかな?」

「いいですよぉ。それじゃあ今から潜りに行きましょう」


 これにはシャルが大興奮だった。


「海に潜るでありますか!?」

「そうだよ。シャルもやるつもり?」

「やりたいであります!」


 見た目は五歳児だけど、中身は黄龍だから心配はいらないか。

 それに、シャルなら何かをやってくれそうな期待感もある。


「じゃあ、シャルにもお願いするよ」

「お任せください、父上!」


 シャルはブルッと体を震わせると、フリルの付いた黄色い水着に着替えた。

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