第21話 ケーキと応接間
ノワルド先生に錬金術を教えてもらったり、一緒に洞窟探検に行ったりする日々が続いていた。
畑も順調で、トマト、ニンジン、ジャガイモが収穫間近だ。
ルールーは毎日のように魚を届けてくれる。
これでポール兄さんから家畜を買えば、食料生産はさらに安定するだろう。
収穫物や洞窟探検で得た素材を売って、貯金も3万4千クラウンになった。
目標まではもう少しだ。
僕のステータスはこんな感じになっている。
セディー・ダンテス:レベル2
保有ポイント:32
幸福度:89%
島レベル:2
増えたのは保有ポイントだけで、島レベルも僕のレベルも変わっていない。
ここのところ忙しくて、特に作製をしていなかったからかな?
幸福度にいたっては下がってしまっている。
特に不幸なことがあったわけじゃないけど、今の生活に慣れてしまったためなのだろう。
衣食住が安定しても、人間はすぐにその状態に慣れてしまい、ありがたみを感じなくなってしまう。
毎日三食食べられていても、もっと美味しいご飯が食べたくなるし、ベッドだってもう少し広くてしっかりしたマットが欲しくなってしまうのだ。
今の暮らしに感謝しなければならないと理屈ではわかっていても、感情は自分の思うようにはいかないようだ。
家庭菜園で雑草を抜いていると頭上で翼のはためく音がした。
「父上、鳥ニャンコが来ました!」
見ると、ユージェニーを乗せたギアンがゆっくりと下降してくるところだった。
「こんにちはセディー、ご機嫌はいかが?」
「悪くないよ。畑仕事もちょうど終わったところさ」
「空から見たけど、新しい建物が増えているわね」
「うん、桟橋や漁師小屋、錬金小屋なんかを建てたんだ。島に滞在する人も二人いるよ」
幼馴染にこう報告できることは誇らしい。
なにせ、つい最近までは何もない無人島だったからね。
「順調そうで何よりだわ」
「どうぞ、部屋に入って。紅茶を淹れるよ」
僕はユージェニーを誘ってコテージに入った。
ユージェニーはローテーブルの上に置いてあった『増幅器の基礎研究』を見つけた。
「ずいぶんと難しい本を読んでいるのね」
「とても分かりやすく書かれた本だよ。島に滞在しているノワルド先生が書いた本なんだ。僕は今、ノワルド先生にいろいろなことを教えてもらっているんだ」
「よかった」
ユージェニーが僕を見てほほ笑んだ。
「何がよかったの?」
「うん……、ほら、セディーはいきなりお屋敷を追い出されてしまったでしょう。だから心配していたの。お父様も怒っていたわ。せめてどこかの寄宿学校にでも行かせるのが筋というものだって」
「シンプソン伯爵がそんなことを……」
「でもよかったわ。セディーはこうして立派に生活して、勉強もしているのだから」
詳しく訊くと、貴族たちの間でもアレクセイ兄さんのやりかたに眉をひそめる人は多かったそうだ。
まあ、表だって非難する人はいないみたいだけどね。
「今日はケーキを持ってきたのよ。一息入れない?」
ユージェニーがカゴから包みを取り出すと、シャルが真っ先に反応した。
「父上、いい匂いがします! イチゴとハチミツのサンドイッチのときと同じです。ユージェニーが来るといつも甘くていい匂いがします!」
「とっても美味しいフルーツケーキよ。さあ、手を洗ってきましょうね」
「はい! 手を洗うであります!」
甘いものが好きなシャルはすっかり餌付けされているなあ。
僕もスイーツくらい作ってみようか?
そのためにはキッチンにオーブンなどが必要だけど……。
ユージェニーはテーブルの上にフルーツケーキを並べた。
「ケーキなんて久しぶりだなあ」
考えてみれば、島に来てからは質素な生活が続いている。
せっかくのケーキと紅茶だから居間を作って贅沢な時間を楽しみたい気分になった。
幸い、保有ポイントは32も貯まっている。
作製可能なもの:応接セット
説明:二人掛けソファー、一人掛けソファー、ローテーブル、の三点セット。
必要ポイント:3
備考:今なら観葉植物をプレゼント
「ケーキを食べるのはちょっと待って。先に居間を整えたいんだ」
「ち、父上はシャルロットに死ねとおっしゃるのですか!」
「シャルは大げさすぎ。ポイントもあるし、ちょっと応接セットを揃えるだけだよ。時間はかからないって」
頬をふくらませるシャルを待たせて応接セットを設置した。
木のひじ掛けが付いたシンプルなソファーである。
北欧風って感じかな。
クッションの色はネイビー。おまけでついていた背の高い観葉植物が部屋に潤いを与えてくれていた。
「あら、かわいいソファーじゃない。この家にもよく似合っているわ」
ユージェニーは褒めてくれたけど、シャルはそれどころじゃなかった。
「父上、もうよろしいですか? シャルはフルーツケーキを、フルーツケーキを……うぅ……」
涙ぐまなくてもいいだろうに。
「じゃあ、いただくとしようか」
紅茶のできあがりも待ちきれず、シャルはケーキを頬張った。
一口食べたシャルの目が大きく見開かれる。
「大変です、父上! 世の中にイチゴとハチミツのサンドイッチより美味しい食べ物がありました! これは世紀の大発見であります!」
瞬く間にケーキを平らげるシャルをユージェニーは目を細めて見守っていたけど、ちょっとだけ心配そうな顔になった。
「ねえセディー。シャルちゃんにきちんとご飯を食べさせているの?」
「失礼な。シャルは甘いものが好きなだけだよ。僕が作る料理だって美味しいんだぞ」
「父上の料理も美味しいであります!」
シャルは二個目のケーキに手を伸ばしながら元気に答えた。
そうだろう?
毎日自炊をしているから、料理の腕だって少しずつ上がっているのだ。
それに、僕には前世の知識がある。
だけど、ユージェニーは少し疑っているようだ。
三男とはいえ、伯爵家の子弟の僕が料理をするのが信じられないのだろう。
「本当に?」
「嘘だと思うなら、僕の手作り料理を食べさせてあげるよ。きっとびっくりするから」
「じゃあ、三日後のランチをご馳走になってもいい?」
ユージェニーは挑戦的な瞳で僕を見つめた。
やっぱり僕の料理の腕を舐めているようだ。
「かまわないよ」
「楽しみにしているわ。もし、セディーのお料理が美味しかったらご褒美を上げるわ。そのかわり、美味しくなかったら私のお願いをかなえてもらうからね」
「いいけど、美味しい、不味いは個人的な判断になっちゃうよ。他の人も招待していいかな?」
せっかくだからルールーやノワルド先生も招待しよう。
みんなの意見を聞いて総合的に評価してもらうのだ。
「いい考えね。それじゃあ三日後のランチを楽しみにしているわ」
約束を交わすと、ユージェニーはギアンに乗って帰っていった。
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