第19話 覗き魔?


 その人は大きな荷物を背負い、旅姿だった。

 灰色の髭、小さな丸眼鏡をしているのでアカデミーの博士みたいに見える。


「えーと……、覗きですか?」

「そうではない! 温泉の臭いがしたのでハロトリカイトがあるかもしれないとやって来たのだ」


 おじさんは大きな身振りで覗き犯人説を否定した。


「ハロトリカイト?」

「湯の花のことだ」


 湯の華に金銭的な価値なんてあったかな? 

 そんなものを欲しがるなんて珍しい人だ。


「ひょっとして、あなたは錬金術師ですか?」

「うむ、ノワルド・ウォーケンと申す」

「僕はセディー・ダンテス。この島の領主です。まあ、住んでいるのは僕とシャルロットとルールーだけですけど」


 ノワルドさんと会話をしていたら背後からルールーの困った声が聞えてきた。


「とりあえず、向こうに行ってくれませんかぁ? 私はまだ裸ですのでぇ……」

「ご、ごめん!」

「これは失礼した!」


 僕とノワルドさんは慌ててコテージの方へ移動した。



 温泉から離れて僕らは改めて向かい合った。


「君が領主というのなら改めてお願いしたい。ハロトリカイトを分けてもらえないだろうか?」

「何に使うのですか? ひょっとして錬金術に?」

「いやいや、完全に私の趣味だよ。鉱物のコレクションをするのが好きなのだ」


 ノワルドさんは鞄からいろいろな鉱石を取り出し、説明しながら見せてくれた。

 きちんと仕切られた標本箱には色とりどりの結晶が並んでいる。


「うわあ、きれいですね!」

「そうであろう。これを見てごらん」


 特別な秘密を打ち明けるようにノワルドさんは小さな小箱を手渡してくれた。

 箱には隙間なく綿が敷き詰められていて、その上に無色透明の石が置かれている。 

 正八面体の結晶で、大きさはクルミくらいはありそうだ。


「これは水晶かな?」

「いや、ダイヤモンドだ」

「ええっ⁉」


 驚きのあまり僕は箱を落としそうになってしまった。

 そんな貴重な物を簡単に手渡してくるなんてノワルドさんは無防備すぎるぞ。

 研磨前のダイヤモンドだったけど、それは太陽の光に素朴な美しさを溢れさせていた。


「これがダイヤモンド……」


 この大きさなら資産価値は計り知れない。

 父上の指輪についていたものよりずっと大きいぞ。

 あの指輪もアレクセイ兄さんのものになったんだろうなあ……。


「美しいだろう? 大地から我々人間への贈り物だよ」


 ノワルドさんは重々しくうなずいている。


「大地からの贈り物か。いい言葉ですね」

「う、うむ……」


 ノワルドさんは気難しい顔をしていたが、褒められてどことなく嬉しそうでもあった。


「それはそうとハロトリカイトだが、探してもよいだろうか?」

「もちろんかまいませんよ。鉱石がほしいなら洞窟も調べてみますか? 錬金術の素材だってあるかもしれません」


 洞窟で手に入れたイチゴ石を見せてあげるとノワルドさんは手を叩いて喜んでいた。


「これはいい! この島には特別な力を感じるが、イチゴ石にもそれが表れている」

「普通のイチゴ石とは違うのですか?」


 ノワルドさんは渡したイチゴ石に手を当てて目を閉じた。


「うむ、やはり石の波長が強いようだ。これほど良質なイチゴ石はなかなか見つからないのだよ。これを原料にすれば高品質の魔力増幅器が作れるだろう」

「魔力の波長を大きくしてくれる魔道具のことですね。魔法属性の付いたアイテムの力を上げてくれる」

「ほう、よく勉強しているようだな。増幅器は応用範囲が広く、作成方法も多岐に渡る。もし君が錬金術や魔道具の制作を学ぶのなら。決して疎かにできない分野だろう」


 イチゴ石はこの島の特産物だ。

 その使い方を学ぶのはきっと有意義なことに違いない。


「機会を得て、きちんと学んでみたいと思います」


 そういうとノワルドさんは嬉しそうに目を細めた。

 そして大きなリュックサックの中をかき回して、一冊の古びた本を取り出すと僕に手渡してくれた。

『増幅器の基礎研究』 箸 ノワルド・ウォーケン


「この本を君に献呈しよう」

「ありがとうございます。この本はノワルドさんがお書きになったのですね」

「うむ、まだアカデミーにいた頃に……。大昔に書いた一冊だ。価値のあるものではない。遠慮せずに受け取ってくれたまえ」


 いただいた本は文庫くらいの大きさだった。

 丁寧な説明と詳細な図解が載っているので僕にも理解できそうだ。


「この島は実におもしろそうだ。しばらく滞在してみたいのだが、かまわないだろうか?」

「もちろんです。ただ、ガンダルシア島に宿屋や空き家はありません」


 僕の家のリビングを使ってもらうこともできるけど、ベッドがない。


「なーに、私にはテントがあるさ」


 ノワルドさんは諸国を渡り歩いて錬金術の素材を探しているそうだ。

 だから野宿をすることもしょっちゅうで、こんなことは慣れているとの話だった。

 知的なんだけどワイルドな風貌をしているのはそのためなのだろう。


「野宿なんてとんでもない。今夜は僕の家に泊まってください」


 ポイントは1残っていたので、それを使ってリビングに大き目のソファーを設置した。

 本当はベッドの方がいいのだけど、コテージにはこれ以上のベッドは設置できなかったのだ。

 それでも硬い地面の上で革のマントにくるまって寝るよりはマシだろう。



 その夜はノワルドさんにいろいろな話をしてもらった。

 広く世界を歩いてきたノワルドさんの話はとてもおもしろい。

 錬金術、魔法、地理、歴史、生物、話はあちらこちらに飛び、話題が尽きることはない。

 僕はたくさん質問し、ノワルドさんはその一つ一つに丁寧な解説をしてくれた。

 ダンテスの屋敷で何人かの家庭教師を見てきたけど、これほど幅広い知識を身に着け、なおかつ楽しい説明をしてくれる人は初めてだ。

 気が付くと僕は彼をノワルド先生と呼んでいた。




 朝になった。

 昨夜はノワルド先生と遅くまで話し込んでしまった。

 ちょっと寝不足だけど、ステータスはこんな感じになっている。


 セディー・ダンテス:レベル2

 保有ポイント:10

 幸福度:96%

 島レベル:2


 ついに幸福度が95%を超えたぞ。

 温泉に入ったり、ノワルド先生と知り合えたりしたからだろう。

 おや、新しい施設の条件が解放されたようだぞ。

 今度は何が作れるようになったのだろう? 

 僕はステータス画面のアラートボタンを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る