第18話 森のお風呂
未整備の道をしばらく進むと少し開けた場所に出た。
草もまばらで石ばかりが目立つところだ。
よく見ると積み重なった岩の間から、細い煙が空へと立ち上っていた。
「温泉の臭いがする」
「温泉とは何ですか、父上? 美味しいのでしょうか?」
「温泉っていうのは温かい泉のことだよ。どこかに湧いていないかな? そうしたらお風呂に入ることができるのに」
「水の音ならあっちから聞こえるであります!」
さすがはドラゴン・イアー。
わずかな水の音も聞き洩らさないか。
シャルについていくと黒い岩の間からチョロチョロとお湯が沸きだしていた。
だけど、量は少なく、湧いたお湯はすぐに砂へ染み込んでいる。
ここで湯浴みというわけにはいかなさそうだ。
「お湯がちょびっとです。ここに入るのですか?」
「このままでは無理だね。だけど整備すればすぐに入れるぞ」
僕の目には折り重なる黒い岩がキラキラ光って見えているのだ。
作製可能なもの:露天風呂
説明:源泉かけ流しの温泉。疲労や傷を癒す効果がある。
必要ポイント:5
備考:お風呂セットをプレゼント。
これまでは水浴びで済ませていたけど、ようやく体を清潔にすることができそうだ。
保有ポイントは6残っていたので、すぐに温泉を作成した。
ガンダルシアに小さな温泉が誕生した。
大岩で囲まれた浴槽は円形で、温かいお湯が満ちていた。
お風呂の底には玉砂利がしきつめられている。
東屋のように屋根もついているから、雨の日でも入れるな。
葉っぱなどが湯船に落ちてくる心配も少ない。
洗い場には木製の椅子や桶などの小物もそろっていた。
「でも、壁がないんだね……」
「壁がないと問題ですか?」
「周囲からは丸見えじゃないか」
もう一段階成長させれば設備も充実して、男湯と女湯なんかもわけられるみたいだ。
だけど今は脱衣所さえないもんなあ。
「丸見えでもシャルは気にしません。早く温泉に入りたいです!」
僕も同じ気持ちだった。
どうせここには僕とシャルしかいないのだ。
「それじゃあ、入るとしようか」
桶の中におまけのタオルセットもあったので家に戻る必要はない。
僕はその場で服を脱いだ。
「温泉に入るときは服を脱ぐでありますか?」
「そうだよ。びしょびしょになったら困るだろう?」
「わかりました」
シャルがその場でブルブルと体を震わせると、それまで着ていた黄色のワンピースは消えてなくなった。
「え? シャルの服は?」
「あれは、皮膚を変化させていただけであります!」
人化するドラゴンの服ってそういうことだったんだ!
「シャルロット、いきまぁーす!」
温泉に飛び込もうとするシャルを慌てて止めた。
「こらこら、いきなり入っちゃダメだぞ」
「ダメでありますか?」
「まずは掛け湯をして体の汚れを落としてからね」
前世が日本人の僕としては、こういう温泉ルールはきちんと守りたい。
「お湯の温度は……うん、適温のようだ」
桶でお湯を体にかけてやると、シャルはキャッキャとはしゃいでいた。
「パシャパシャパシャパシャ♪ ピッチャピチャ♪」
自作の歌を歌って喜んでいる。
「父上、もういいでありますか?」
「よし、入ろう」
しっとりとしたお湯の感触が全身を包み、体から緊張が抜けていく。
「ち、父上! 温泉とは気持ちのいいものであります!」
「だろう? シャルも気に入ったみたいだね」
「気に入りました。毎日入りたいです」
「あとで、ルールーにも教えてあげないと」
きっと喜ぶだろう。
「ルールー?」
「僕の友だちさ。海辺で会ったことがあるだろう? この島で漁師をやっているんだ」
「では、ルールーも一緒に入るのですね?」
「それはできないよ。僕は男の子でルールーは女の子だもん」
そう説明してもシャルはよくわかっていないようだ。
「シャルは女の子ですが、父上と一緒に入っています」
「それは……、いちおう僕はシャルのお父さんみたいなものだろ? だからシャルが大きくなるまでは一緒でいいんだよ」
シャルは難しい顔で考え込んでいる。
「シャルは大きくなりたくありません。いつまでも父上と一緒がいいです」
そう言って頬をふくらませるシャルはかわいい。
十二歳にして父性に目覚めちゃったかな?
温泉は幸福度に寄与するから、毎日入ることにした。
お風呂から戻るとコテージの前にルールーが立っていた。
「お出かけだったのねですね。あら、その子は?」
ルールーは僕が小さな女の子を連れているので驚いているようだ。
そういえば、人の姿をしたシャルを見るのは初めてだったよな。
「父上、この人が母上ですか!?」
「はい? 私が母上って。それにセディーの子ども?」
ヤレヤレ、またこのくだりか。
これまで何回か繰り返してきた説明をルールーにもした。
「よろしく、シャルちゃん。お近づきのしるしに魚を分けてあげますねぇ」
ルールーはバケツごと魚をわけてくれた。
「立派なスズキだね。いいの?」
「うん。本当は最初からセディーにお裾分けするために持ってきたのですぅ」
スズキはムニエルにしてもいいし、スープにしても美味しい。
味が濃厚だからソースの出汁としても優秀なのだ。
「今日は大漁だったけど疲れたなぁ。汗をいっぱいかいちゃった」
「そういうときは温泉であります!」
シャルは小さな腕をブンブン振って力説した。
「温泉ってどういうこと?」
「実は、ガンダルシア島に温泉が湧いていたんだ。ここからなら歩いてすぐだから、よかったら案内するよ」
「私が使ってもいいのですかぁ?」
「もちろんさ」
「でも、入る前にちゃんとかけ湯をしなければならないのであります!」
ルールーの準備を整えてからもう一度温泉に戻った。
温泉を見たルールーは目を輝かせていた。
「素潜りは体が冷えるから、温泉はありがたいですねぇ」
「暑い日は汗を流すだけでもスッキリするよ。僕は奥の方を探検してくるからルールーはゆっくり入っていてよ」
「ありがとう。温泉に入るなんて初めて」
「だったらシャルが入り方を教えてあげます」
「シャル、もう一度温泉に入るの?」
「入るであります! 父上も一緒に入るであります」
それはさっき説明しただろうに……。
「言っただろう、男の子と女の子は一緒にはお風呂に入らないんだよ。不審者として、僕が通報されちゃうよ」
「一緒に入ったら不審者ですか?」
そこまでやったら不審者どころか犯罪者のような気がする。
「それじゃあ僕は行ってくるよ」
ルールーたちを温泉に残して、僕は奥の細道へ踏み込んだ。
ところが五十歩もいかないうちに聞こえてきたのは、ルールーの悲鳴だった。
「きゃあああああっ!」
反射的に手のひらに魔力を集めた。
燃える火球がゴウゴウと音を立てて具現化する。
その状態で温泉まで走り戻った。
「セディー!」
手で体を隠しながらうずくまるルールーを見て思わず視線を逸らした。
「父上、不審者であります! 男のくせにシャルやルールーと風呂に入りにきた輩がいるであります!」
「ち、違う!」
見ると、初老の男性がお風呂から視線を逸らしてばつの悪そうな顔をして立っていた。
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