第13話 シャルロット


 目覚めると部屋の中は暗かった。

 天気は曇りで太陽の光がいつもより弱かったのだ。

 低気圧のせいか、目覚めがすぐれない。

 こんな日は熱い紅茶にお砂糖をたっぷり入れて……、はっ!?


 僕は腕に妙な違和感を覚えて飛び起きた。


「な、なんなの、この子?」


 これは夢だろうか? 

 僕の隣で小さな女の子が寝ているんだけど……。

 見た感じはまだ五歳くらいだろうか。

 ぷっくりとしたほっぺに、金色の巻き髪が特徴的だ。

 僕の腕にしがみつくように寝ているけど、こんな知り合いはいないはずだぞ。

 家に招いた覚えだってない。

 寝る前に玄関の鍵はしっかりかけたから、迷い込んでくるのも不可能だ。

 いったいどこから入ってきたのだろう?

 起こすのはかわいそうかな? 

 でも、さっさと素性を確かめておきたいと思い、ほっぺを指でつついてみた。


「んん~……」


 起きた。

 ぼんやりした目で僕を見ているぞ。

 このつぶらな瞳には見覚えがあるけど、いったい誰だったかな?


「おはようございましゅ、父上……」


 娘だった⁉ 

 いやいやあり得ないでしょう。


「父上? 僕が?」


 僕、まだ十二歳なんだけど……。


「君は誰なの?」

「シャルロットであります」

「シャルロットというと……、ええっ⁉」


 シャルロットって、僕が助けたトカゲのこと? 

 僕は二人の下半身を包んでいる毛布をめくってみた。

 だけど、そこにあるべきトカゲの体はどこにもない。

 この子は人間の体をしているぞ。

 黄色いパジャマはトカゲのシャルロットと同じ色だけど……。


「本当にシャルロットなの?」

「そうですよ。父上がお家に入れてくれたではないですか」


 確かに、昨晩はシャルロットを家の中に入れたのは覚えている。

 外に置いとくのはかわいそうだと思ったんだ。

 だけど、まさかこんなことになるなんて……。


「本当に君があのトカゲ?」


 そう訊くと、シャルロットはムッとしたように頬をふくらませた。


「トカゲじゃないです! シャルロットは黄龍であります!」

「黄竜⁉」


 最強種のドラゴンじゃないか! 

 なんか、とんでもないものを育成してしまった気がする……。


「父上、お腹がすきました」


 僕の心配をよそにシャルロットは天真爛漫だった。

 眉を八の字にして空腹アピールだ。

 とてもかわいらしい。

 トカゲは虫などを食べると聞いたけど、ドラゴンは何を食べるのだろう? 

 シャルロットは人間の姿をしているから、僕と同じものでいいのかな?


「父上ぇえ、お腹がぁあ……」

「あ、うんうん、いま朝ご飯にするね」


 ん、父上って認めちゃっていいのかな? 

 まあいいか、今さら放り出すわけにもいかないもんね。

 僕とシャルはベッドから起き出して、朝の準備に取り掛かった。


 シャルロットは食欲旺盛で、出されたパンやスープを残らず平らげていた。

 体は僕よりずっと小さいのに食べる量は同じくらいなのである。


「満足したかい?」

「お腹いっぱいです、父上。父上のお料理はとっても美味しいであります!」


 褒められればやっぱり悪い気はしない。

 お昼ご飯も頑張って美味しいものを作るとしよう。


「それじゃあ次は外へ行くよ」

「お外で何をするでありますか? シャルと遊ぶのですか?」

「シャルと遊ぶ前に畑仕事をしなくちゃね。もう少しでカブが収穫できるから、今日も手入れを頑張らなきゃ」

「ふぉおお! シャルもお手伝いをします!」

「ありがとう」


 こんな小さな子がお手伝いもないだろうが、きっと一緒にやってみたいのだろう。


「それじゃあ水やりと菜園の整備をやっていこう」


 いつものように井戸でじょうろに水を汲み、カブにかけていく。

 葉は青々と茂り、カブの実はだいぶ大きくなった。

 このぶんなら、明日には無事に収穫できそうだ。


「次は雑草を抜いて、木や石を片付けるよ」

「はーい!」


 今日も突如現れた枝や岩が畑に転がっている。

 理不尽さを感じなくもないが、これもアイランド・ツクールの仕様なのだ、状況を受け入れるしかない。

 でも、昨日よりも大きな岩が落ちているなあ。

 これはテコを使っても動かないかもしれないぞ。


「せーの、う~ん……」


 シャベルで転がそうとしたけどやっぱり上手くいかなかった。


「父上、なにをして遊んでいるのですか?」


 顔を真っ赤にして力む僕に、シャルが無邪気に尋ねた。


「遊んでなんていないよ。この岩を動かそうとしているだけさ」


 岩はシャルくらいの大きさがあった。


「この岩を動かすでありますか?」


 シャルが短い腕を大岩にかけたぞ……。


「ちょっと、シャル。危ないから――」

「フンッ!」


 って、それを持ち上げちゃうの⁉ 

 シャルはウェイトリフティングの選手みたいに大岩を頭上高く掲げている。 


「父上、これはどこに?」


 汗一つ流さず、余裕の表情でシャルが訊いてくる。


「あ、あっちにお願い……」


 石置き場を指さすと、シャルはその場を動くことなく大岩を放り投げた。


「フンスッ!」


 ズシン! 

 重たい音が響いて、大岩は地面にめり込んでいた。


「邪魔な岩をやっつけたであります!」


 鼻を膨らませるシャルは頼もしかった。さ

 すがはドラゴンの子どもだ。

 体は小さくても力持ちなんだね。


「すごいや、シャル。ありがとう」

「父上に褒められた! フンッ! フンッ! シャルはもっと岩を放り投げるであります!」


 どかしたばかりの大岩をもう一度投げようと、シャルは嬉しそうに飛びついた。

 せっかく除けたのに、畑に戻されでもしたらたまらない。

 カブが潰れてしまったら目も当てられないぞ。


「いやいや、畑はじゅうぶんきれいになったよ。それより次は探検に行こう」

「探検でありますか?」

「そう、この島にはまだ僕の知らない場所がたくさんあるからね。二人でいろいろ調査してみようよ」

「行くであります!」


 これまでは怖くて行けなかった島の奥地も、シャルと一緒なら平気そうだ。

 必要な道具を揃えて僕らは探検に乗り出した。

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