第11話 サンババーノ


 ルボンは比較的大きな街だった。

 しっかりとした外壁があり、大通りは石畳になっている。

 経済規模も大きそうだから、僕らが持ち込む品も買い取ってもらえるだろう。

 人に道をたずねながら行くと、親切なおじさんが『サンババーノ』という雑貨店のことを教えてくれた。

 おじさんは顔に大きな傷が有ったり、小指がなかったりしたけど、気さくな人柄で、僕の質問に丁寧に答えてくれた。


「各種素材の買い取りなら、そこがいちばんですぜ、坊ちゃん。三人の魔女がやっている店です」

「魔女……?」

「怖がることはありません。サンババーノの連中は見てくれこそ怖いけど、気のいいばあさまたちです。不当な値段をつけることもない正直者ですから」

「だったら安心だね。ご親切にありがとうございます」


 おじさんにお礼を言って、ルールーと予定を決めた。


「私は食料品店へ行ってきますぅ。新鮮なうちに大海老とアワピを売ってしまいたいですから」

「じゃあ、僕は魔女の雑貨屋さんにいくよ。あとでここの広場で待ち合わせよう」

「一人で大丈夫ですかぁ? さっきのおじさんも胡散臭そうな人だったし……」

「お店くらい一人で平気さ。じゃあ、また後でね」


 ルールーと別れて、教えてもらった裏通りを進んだ。

 狭い路地にびっしりと並んだ家のひさしがトンネルを作っている。

 日陰はじめじめしていて、どこからか物の腐った匂いが漂っていた。

 こんなところにお店があるのかな? 

 ちょっと怖い感じのする区域なんだけど、本当にまともな店なのだろうか?

 ドキドキしながら進むと、道は袋小路になり、そこに斜めに傾いた家が建っていた。

 塗装のはげかけた板葺きの屋根、くすんだ緑色のドア、柱は八十五度に傾いていて、どうしてこれで倒れないのか不思議なほどだ。

 軒の上には看板が掛けられており、イモムシがのたくったような字体でこう書いてあった。


『高級魔法道具専門店 サンババーノ 高額買い取りやっています』


 怪しさ大爆発である。

 こんな斜めのドアが開くのかと疑問に思ったけど、ドアノブに手をかけると扉は驚くほどスムーズに開いた。

 店の中は薄暗く、雑多なものがところ狭しと積み上げられている。

 本、埃をかぶった薬瓶の数々、ひからびた魔物の標本、十把一絡げに束ねられた杖、用途不明な魔道具の数々、などなど……。


 ドアの正面に三体の人形が並べられていると思ったら、これが店の店主だった。

 五つの小さな目がじっと僕を見つめている。

 おばあさんは大中小の体型で、真ん中のおばあさんは目が一つしかなくて黒い眼帯をしていた。

 三人とも同じ顔、コロコロとした体形で、ぼさぼさの髪をひとまとめにいている。 

 服も同じ黒のロングドレスだった。


「いらっしゃい……」


 いちばん小さなおばあさんが口を開いた。陰気な声をしている。


「買いものかい? それとも買い取りかい? 冷やかしならすぐに帰りな!」


 真ん中のおばあさんは攻撃的な口調だ。


「まあまあ、小さな子どもを怖がらせるんじゃないよ。坊や、何をしに来たんだい?」


 いちばん大きなおばあさんがいちばん優しそうだった。


「か、買い取りをお願いしたくて来ました」


 のどがかすれてうまく声が出せなかったけど、僕はなんとか目的を告げた。


「そうかい、そうかい。何を売ってくれるのかな? 血? それとも髪の毛? 坊やのだったら高値で買い取るよ。ひひひ……」

「クソショタ魔女が……」


 小さなおばあさんが呟くと大きなおばあさんが激高した。


「スモマ、少し黙っていな! その生意気な口を糸で縫い付けるよ!」

「ビグマ姉者、そう怒るな。姉者がかわいい子どもに甘いのは事実」

「うるさいね、ミドマ。アタシはちゃんと商売をしているんだ。余計なことは言わなくていいんだよ!」


 大きいのが長女のビグマ、中くらいのが二女のミドマ、小さいのが三女のスモマという名前のようだ。


「これを買い取ってください」


 星形の裂け目から掘り出したアイテムを僕はカウンターに並べた。


「ほう、トラッタ石にマボーン帝国のコイン、エルメの翼かい」


 古いコインはマボーン帝国のコインっていう名前なんだ……。

 あれ、マボーンというのには聞き覚えがあるぞ。

 思い出した、アイランド・ツクールにはよく出てきた設定だ。


「マボーンって古代に栄えた魔法帝国のことですよね。たしか帝国の遺品には高い魔導的価値があったはず」

「チッ、知っていたのかい……」


 ミドマが悔しそうに舌打ちした。

 ひょっとしてコインを安く買いたたこうとしていたの?


「賢い男の子は大好きさ。さあ、買い取り価格はこんな感じだよ」


 ビグマが投げた古ぼけた羽ペンが空中で羽ばたき、さらさらと紙の上で動いた。

 鮮血のように赤いインクが紙に染み込んでいく。


 トラッタ石 …… 600クラウン

 マボーン帝国の金貨 ……1万2000クラウン

 エルメの翼 …… 3000クラウン


 合計 …… 1万5600クラウン


 自動筆記を使える人なんて初めて見たぞ。

 相当な使い手でなければ、こんなことはできないはずである。

 この三人の魔女は恐ろしい力を持っているようだ。


「どうする、坊や? これでもだいぶオマケをしたんだよ」

「買うならさっさとおし!」

「公正取引……」


 三人の魔女は同時に喋り出す。

 他に買い取り店も知らないし、時間ももったいない。

 それに、なんとなくだけど、これは一般的な買い取り価格のような気がする。

 前世におけるゲームの記憶がそう思わせるのだ。


「じゃあ、それでお願いします」


 スモマは手提げ金庫を取り出し、口の中で呪文を唱えてロックを解除した。

 チラッと見えたけど、中には金貨もぎっしり詰まっていた。

 この店は見かけ以上に繁盛しているようだ。

 ミドマは歯の抜けた口を大きく開けて笑う。


「間違ってもこの金庫に触れようなんて考えるんじゃないよ。許可なく触れば動物になっちまうからね」


 ビグマも大きくうなずいている。


「試してみるかい? 坊やが触ればかわいい子ぎつねになるだろうね。安心おし、そうなったら私がちゃーんとかわいがってやるからね、ひひひ……」


 こ、こわい。

 サンババーノ、怖すぎる!


「あ、ありがとうございました」

「またおいで……」


 スモマの声を背中に受けながら、僕は逃げるようにサンババーノを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る