第9話 ここ掘れ、ワンワン!


 スコップなんてなかったので、僕とルールーは平らな石や板を拾って土を掘り返すことにした。


「さて、虫はどこにいるかな……、んっ?」


 大地に星型の窪みが見えるぞ。

 これはアイランド・ツクールではおなじみの印じゃないか! 

 思い出してきた……。

 たしか、ここを掘り返せば、なにがしかのアイテムが手に入るはずだ。


「やっぱりセディーはお坊ちゃまですねぇ。そんなところを掘ったってワームは見つからないですよぉ。もっと湿った土のところを探さなきゃ。ほら、こんなふうに」


 ルールーが石をひっくり返すと、ウニョウニョとしたミミズが数匹固まって見つかった。


「ね、いたでしょう?」

「うん、だけど僕はこの印のある部分を掘りたいんだよ」

「しるし? なにを言っているの?」

「これが見えないの? ほら、星の形をしているでしょう?」

「そう言われても、ちょっとわからないですねぇ……」


 ルールーは僕が指し示す部分に目を凝らすけど、星形の窪みが見えないようだ。

 どうやら、これが見えるのは僕だけのようだ。

 この島がゲームの世界だと知っている僕だけの特権なのかもしれない。


「とにかく掘ってみるよ。ひょっとしたらワームが見つかるかもしれないし、もしかしたらもっといいものが見つかるかもしれないからね」


 腰を下ろして掘り始めるとルールーも一緒になってしゃがみこんだ。


「大人びた男の子だと思ったけど、セディーもまだまだ少年なんですねぇ。そんなところを掘ったって石くらいしか出てこないのに……」


 コツッ!

 むむ、板の先に何かが当たる感触がしたぞ。

 どれどれ、ここからは慎重に掘りだしてみよう。


「おお、トラッタ石が出てきたよ!」


 僕が掘り出したのはただの石ころではなかった。

 指で土をこそげ落とすと、美しいスカイブルーの表面が現たではないか。

 大きさは特大のビー玉くらいだ。


「ええっ!?」


 トラッタ石は綺麗な石で、飾り細工に使われることが多い。

 地球のトルコ石によく似ている。

 宝石ほど貴重じゃないけど、様々な装飾品に使われるので需要は高いのだ。

 アイランド・ツクールの中でもいい値段で買い取られるアイテムである。


「きれい……。でも、どうしてそこにトラッタ石が埋まっているってわかったのですかぁ?」

「これも僕の魔法かな……? と言っても、ガンダルシア島の中でしかわからないんだけどね」

「それでもすごいですよぉ!」


 調子に乗った僕はそこら中を走り回って星形の窪みをさらに三つも見つけた。

 もちろんぜんぶ掘り返したよ。

 一つ目は古いコインが一枚、二つ目にはエルメの翼、三つめにユリ根を見つけることができた。

 古いコインの価値はわからないけどコレクターがいい値をつけてくれるかもしれない。

 エルメの翼は錬金素材だったと思うけど、今はまだ使い方を思い出せないな。

 あいまいな部分はたくさんあるのだ。

 ユリ根の用途は先ほども説明したとおりだけど、これは今夜のおかずにしてしまおう。

 ミミズも何匹か見つけたし、そろそろ釣りに行こうかな。


「ルールー、餌は集まった?」

「こんなに見つけましたよぉ」


 籠の中には大量のミミズがうねっている。

 これなら餌には困らないだろう。


「夜まではまだだけど少し急いだほうがいいかな?」


 屋敷であればそろそろおやつの時間だ。

 だけど、ここでは夜に食べるものさえ集まっていない。


「慌てなくてもいいですよぉ。釣りは夕方と早朝がいちばん釣れますから」

「そうなの?」

「ええ、夕マヅメと朝マヅメと言って、日没や日の出の前後が狙い目なんですぅ」

「だったらちょうどいいね」

「私の秘密のポイントをセディーに教えてあげますねぇ。それくらいしか今は恩返しができませんから」


 漁師にとって釣りポイントは親兄弟にさえも秘密にするくらい大切だと聞いたことがある。

 それを僕に教えてくれるというルールーの心遣いが嬉しかった。


 浜辺で釣るより大物が釣れるとのことで、僕らはボートで沖へ出た。

 波は穏やかで、夕暮れの海はキラキラと輝いている。

 辺りはひっそりとしていて、波がチャプチャプとボートを叩く音だけがしていた。

 船に乗るのは今生では初めての経験だ。

 前世ではどこかでフェリーに乗った経験があるけど、いつ、どこだったかは思い出せない。

 リアルな釣りも初めてだけど上手に釣れるかな? 


「少しでも反応があったら竿を斜めに上げて針を魚に食い込ませるんですよぉ」

「わかった」


 そうは言ったものの、自信はまったくなかった。

 でも、ここで釣れないと夕飯はユリ根だけになってしまう。


「…………、のわっ!」


 手にズシンという大きなあたりがきたぞ! 

 糸と竿がブルブルと震えて、今にも海に引き込まれそうだ。


「いま、糸を巻き取るわ。セディーはタモを用意して」


 皮手袋をしたルールーが糸を巻き取っていく。

 僕は長い柄のついた魚をすくうタモをもって待ち構えた。

 糸はどんどん巻き取られて銀色の魚影が姿を現した。


「かなり大きいぞ!」

「これはスズキですぅ! とっても美味しい魚なの。しっかりすくってね」

「了解!」


 スズキはムニエル、スープ、刺身にしても非常に美味しい。

 絶対に逃がしてなるものか!


「今ですよ、セディー」

「やあっ!」


 泳ぐ方向に合わせてタモを入れると、スズキは頭から網に入った。


「おお、重い!」

「絶対に手を離しちゃダメよ。いま助けるから」


 ルールーは僕の後ろから一緒になってタモの柄を支えてくれた。


「いくよ。せーのーでっ!」


 ボートの底に体長が五〇センチはありそうな、立派なスズキが上がった。


「やったね、ルールー!」

「まだ油断をしちゃダメえですよ。跳ねて逃げてしまうかもしれないから」


 ルールーはエラにナイフを入れてスズキを絞めていた。

 それから海水にバシャバシャとつけて血抜きをしている。

 普段はおっとりしているけど、こういうところは漁師さんなんだなぁ。


「そうやると鮮度が落ちずに美味しいんだよね」

「あら、よく知っていますねぇ」


 動画で見たことがあるのだ。

 ふいに前世のことをまた思い出したんだよね。

 今後も便利な記憶を思い出してくれるといいな。


「さあ、帰るまでにもう少し釣りましょう」

「うん、夕飯は魚料理でパーティーだ!」


 その日はスズキが一匹と、アジを四匹釣ることができた。



 キッチンには釣りたての魚が五匹も並んでいた。

 今からこれを料理してみようと思うのだけど、伯爵家の三男である僕は調理場に立った経験は一度もない。

 そんな必要はなかったし、やらせてもらう機会もなかったのだ。

 それに、料理なんてしている暇があるのなら、勉強か乗馬、剣の修業をしろと言われたはずだ。

 この世界のお坊ちゃまなんてそんなものだ。

 だけど、前世で日本人だった僕は普通のお坊ちゃまとは少々違う。

 プロではなかったようだけど、一通りの料理はできる気がするのだ。

 僕はいったいどんな人間で、なにをしていたのだろう?

 今は名前さえも思い出せないけど、いつかは思い出すのかな? 

 なんとなく大切なことを忘れている気がするんだよね……。

 それはともかく今は料理だ。

 だって、お腹がペコペコなんだもん。

 それに幸福度の問題もある。

 たっぷり食べて、清潔にして、ゆっくり休まなければポイントは回復しないのだ。


「よーし、美味しいご飯を作るぞ。理想郷への第一歩だ!」


 一番星が輝く夜空の下、僕は張り切って料理を開始した。

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