第7話 漁師のお姉さん


 海に続く急坂の上に出ると、海岸で言い争う人たちが見えた。

 一人は女の人で、もう二人は男だ。

 女の人はよく日に焼けた褐色の肌をしている。

 背格好から判断すると若い漁師さんのようだ。

 年齢は僕よりお姉さんの十六歳くらいだろうか?

 おっとりしたタイプの顔つきだけど、今は怯えてオタオタしていた。

 それに対して男二人は目つきの鋭い荒くれ者って感じだ。

 海風に乗って丘の上まで三人の会話が聞こえてきた。


「私のボートを返してくださいぃ」

「返してほしけりゃ金を返すんだな」

「ひどいですぅ、家だけじゃなくボートまで取り上げるなんてぇ」


 お姉さんは間延びした話し方をするので、切迫感が薄いなあ。

 きっと、普段はもっとおっとりした人なのだろう。

 こんな優しそうな人を虐めるなんて、こいつらは何者だ?


「恨むんなら借金をしたお前の親父を恨めよ。俺たちは貸した金を取り立てているだけだぜ」


 男たちはバカにしたようにせせら笑っている。


「ボートを取られたら漁ができないですよぉ」

「俺たちの知ったこっちゃねえよ」


 男の一人は冷たく突き放したけど、もう一人の男は猫なで声をだした。


「なんなら俺が漁師よりいい仕事を紹介してやるぜ。よく見りゃあかわいい顔をしてるじゃねえか。体つきも悪くない。その気になりゃあ、けっこう稼げると思うけどなあ」

「な、なんですかぁ……?」

「どれ、俺が品定めをしてやろう」


 男は絡みつくような視線でお姉さんの体を見回した。


「いや……」

「そう言うなって。悪いようにはしねえからさ。へへっ」

「放してぇ」


 男の手がお姉さんの腕を掴んだぞ! 

 どうすればいいんだ……。

 男たちの顔は凶悪で体も大きい。

 僕なんかでは太刀打ちできないだろうけど、ここで知らないふりをしたら一生後悔する気がした。

 こんな悪事を見過ごして、ガンダルシアを理想の島にするなんてできるわけがない!

 力ではかなわなくても、なんとかハッタリで撃退できるかもしれない……。

 僕は覚悟を決めて大声で叫んだ。


「こらぁ、乱暴はやめるんだ!」


 坂を駆け下りると三人は不思議そうな顔で僕を見た。

 この島に人がいるとは思ってもみなかったようだ。


「なんでぇ、てめえは?」


 凄まれて息を飲んだけど、僕はお腹に力を込めて言い返した。


「僕はセディー・ダンテス。この島の領主だ!」


 ダンテス家の名前を出すと、男たちは一瞬だけ怯んだ。


「本物か?」

「服を見ろ。それに剣を下げている」


 屋敷を追い出されたとはいえ、僕が着ているのは立派な貴族の服だ。

 しかも剣は高価なので一般人で買う人は少ない。

 そんなものを手に入れるくらいなら生活必需品を求める人がほとんどなのだ。

 きっとこいつらもダンテス領の人間なのだろう。

 僕が伯爵家の人間と知って少しだけ態度を改めた。


「これはどうも坊ちゃん。でも俺たちは悪さをしているわけじゃないですぜ」

「そうそう、こいつの父親がした借金の取り立てをしていただけです。証文だってここにあるんですから」


 男たちは僕に証文を見せてきた。

 どうやら本物のようで、今日までにお金を返せなければ、家と船を抵当にとると書かれている。


「どうです、間違いないでしょう?」

「うん。でも、だからといってお姉さんに乱暴するのはダメだ」

「いやいや、家と船だけじゃとてもじゃないけど借金は返せないんですよ。こいつにも働いてもらわないと……」


 僕が子どもだと思って舐めているな。


「嘘だ、証文にはそんなこと書いてないじゃない。抵当に入っているのは家と船だけだよ!」

「チッ!」


 男たちは舌打ちしながら周囲に目を配った。

 まずい、僕を無視してお姉さんをさらう気か? 

 それとも口封じに僕を殺してしまうつもりかもしれない。


「早くこの島から出て行ってよ。僕が大声で呼べばアレクセイ兄さまが家臣たちと駆けつけるんだからね!」


 もちろんこれはハッタリだ。

 どちらの兄さんも島にはいないし、たとえアレクセイ兄さんがいたとしても、僕のために何かしてくれるかははなはだ疑問である。

 だけど、嘘も方便、役立たずな兄ではあるけど、せめて名前くらいは有効に活用させてもらおう。


「あー、そういうんじゃないんで……」

「もらうものはもらったんだ、もう行くぞ」


 男たちは兄さんがこの島にいると勘違いしてくれたらしい。

 お姉さんの腕を離すとそそくさと帰り支度を始めた。


「行く前に証文を返してあげて!」


 悪そうな人間だから悪用しかねないぞ。

 騙されるもんか。

 支払いを終えたら証文はきっちり破棄しなければならないと家庭教師に教わったもん。


「はいはい……」


 男たちは証文をお姉さんに手渡すと、自分たちのボートとお姉さんのボートに分乗して今度こそ去っていった。


 二艘のボートが沖に消えていくのをお姉さんは呆然と眺めていた。

 両目からはとめどなく涙がこぼれている。

 あまりにも辛そうで声がかけづらい。


「どうしましょう、これからどうやって暮らしていけばぁ……」


 肩を震わせるその姿は昨日までの僕にそっくりだ。

 なんとか力になってあげられないかな。


「お姉さん……」

「ごめんなさい、騒ぎを起こして。借金取りから逃げてきたんだけど、けっきょくボートも取られちゃいましたぁ。ボートさえあれば仕事だけは続けられると思ったんだけどなぁ……」

「お金に困っていたの?」

「父さんが病気だったんですぅ。でも、先日亡くなってしまって。これで私は天涯孤独。もう住む家もないし、明日からどうしていいかわかんないですよぉ」


 聞けば聞くほど僕の境遇にそっくりだ。

 やっぱり放っておけないや。

 とりあえず家でハーブティーでも飲みませんかと誘おうとしたら、唐突にステータス画面が開いた。

 これは、ユージェニーのときと同じで、なにかを開発する条件が解放されたのだろう。


「お姉さんのお名前はなに? 僕はセディー」

「私はルールーですぅ」

「ルールー、ひょっとしたら僕が君の力になれるかもしれない」


 ステータス画面を確認した僕は笑みを漏らさずにはいられなかった。

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