第5話 幼馴染み


 鎧戸の隙間から入ってくる直射日光で目が覚めた。

 入ってくるのは日光だけじゃなく、海風もひどい。

 この小屋は隙間だらけだ。

 少し強く風が吹くと笛みたいにピーピー音がするくらいである。

 それはもう悲しみの合奏曲アンサンブルだ。

 正直に言うと昨晩はあまり眠れなかった。

 危険生物が心配で寝付けなかったのだ。

 この小屋のドアには鍵すらついていなかった。


 セディー・ダンテス:レベル1

 保有ポイント:9

 幸福度:76%

 島レベル:1


 幸福度は76%で保有ポイントは9まで回復していた。

 残念ながら100%には届かなかったけど、それはそうだと思う。

 夕飯は井戸水とメアリーがもたせてくれた焼き菓子だけ、ベッドは粗末、危険生物に襲われるかもしれないという恐怖が三重苦となり、安眠を妨害したのだ。

 むしろこの状態で76%の幸福度を保つ自分のメンタルを褒めてやりたかった。

 ただ、メアリーが持たせてくれた焼き菓子の底に小さな5000クラウン銀貨が入っていた。

 これはメアリーが入れてくれたものだろう。

 メアリーだって余裕なんてないはずなのに、僕を心配して無理をしてくれたに違いない。

 それを考えると胸が痛んだけど、心も暖かくなった。

 幸福度の回復はひとえにメアリーのおかげだ。


 ポイントの回復は幸福度が75%以上で2ポイント、80%以上で4ポイント、85%以上で6ポイント、90%以上で8ポイント、95以上で10ポイント回復する。

 逆に70%未満だと減っていくので気をつけなくてはならない。

 はじめのうちはどんどん使って生活の基盤を整えるのが大切だ。

 ポイントの累積も20ポイントまで可能になっている。

 累積できるポイントはレベルが上がると増えていくシステムだ。

 改めてステータスを確認していると外から僕を呼ぶ声が聞えてきた。


「セディー、いるの? いたら返事をして!」


 あの声は幼馴染のユージェニーじゃないか! 

 ユージェニーはダンテス伯爵家と領地を接するシンプソン伯爵家の三女で、僕とは小さい頃からの遊び友だちだ。

 少し勝気な性格だけど、年齢も一緒で、何かと気が合うから親友と言っていい存在だった。


「ユージェニー、遊びに来てくれたんだね!」


 小屋から飛び出すと、グリフォンに乗ったユージェニーが笑っていた。

 会うのは二週間ぶりくらいだ。


「元気そうだね、君もギアンも」


 僕はグリフォンのギアンの首筋をそっと撫でた。

 グリフォンは大鷲とライオンを掛け合わせたような生き物だ。

 ユージェニーは五歳の誕生日にギアンを贈られ、以来どこへ行くのも一緒である。

 グリフォンは空を飛べるし、並の魔物など寄せ付けないくらい強力だ。

 そのおかげでユージェニーはどこへでも一人で遊びに行けるのだ。

 はっきり言ってかなり羨ましい。


「お屋敷に遊びに行ったら、セディーがここの領主になったって言うじゃない。びっくりしたわ」

「落ち着いたら手紙を書こうと思っていたんだよ」


 本当はもう少し島を発展させてから招待したかったんだけどなあ。

 ここまで何もないのは恥ずかしいからね。

 だけど、ユージェニーが来てくれてやっぱり嬉しいや。


「ふーん、セディーはここに住んでいるのね……」


 ユージェニーは物珍しそうにじろじろと僕の小屋を見た。


「今はこんな感じなんだけど、そのうち大々的にリフォームするつもりだよ」


 ボロボロな小屋が恥ずかしくて、ついつい言い訳をしてしまった。

 いや、いいわけじゃないぞ。

 リフォームは本当にするつもりなのだ。

 でもおかしいんだよね。

 ゲームならポイントを振って小屋をグレードアップできたはずなのに、どういうわけか今はできない。

 何が違うというのだろうか?

 僕はもう一度自分の小屋を見つめた。

 すると、突然ステータス画面が開いた。


 小屋のグレードアップが可能になりました!

 条件:心を許した親しい友人が遊びに来ること。

 『古い小屋』を『小さなコテージ』にグレードアップできます。

 必要ポイント:5


 仲良しのユージェニーが遊びに来たからロックが解除されたんだ! 

 なんとなく思い出してきたぞ。

 アイランド・ツクールではこんなふうに、人との出会いや交流によって様々な条件が解放されるのだ。

 少しはましな家に住めると思うと嬉しくて踊り出したい気分だよ。


「どうしたの、セディー? そんな笑顔になっちゃって。私が遊びに来たのがそんなに嬉しかった?」

「とっても嬉しいよ。もう、感謝しても感謝しきれないくらいさ!」


 僕はユージェニーの手を両手で握りしめてブンブンと握手した。


「ば、馬鹿。なんでそんな恥ずかしいこと……」


 ユージェニーは頬を赤らめて照れている。


「ユージェニー、お礼にすごいものを見せてあげようか?」

「すごいもの? いったいなあに?」

「僕の新しい魔法だよ」

「まあ、ファイヤーボール以外にも習得したのね」

「といっても攻撃魔法じゃないんだ。まあ、見ていてよ」


 僕は古い小屋の光っている部分に手を置いた。

 そして、ポイントの割り振りを念じる。

 すると井戸を直したときと同じように体の中からビー玉くらいの光の玉が五つ、僕から古い小屋に向かって飛んでいった。

 光の玉が古い小屋にぶつかり、今回もまたまぶしく光り出す。

 ポイントが多い分だけ今回の方が激しいぞ。

 光が治まると、古い小屋は小さなコテージになっていた。

 壁の色は明るい茶色、屋根の色は深緑をしている。

 角材を組み合わせたこの家は、前の古い小屋と比べて隙間風もなさそうだった。


「どう、すごいでしょう?」

「…………」


 ユージェニーは驚きのあまり声も出せずに口をパクパクとさせていた。

 グリフォンのギアンも驚きに口をあんぐり開けたままだ。


「ど、どういうことなのよ⁉ これが魔法⁉」

「正確にはちょっと違うんだけど、似たようなものかな? まあ、この島の中でしか使えないスキルなんだけどね」

「それにしたってすごすぎるわ! 家を錬成する魔法なんて初めて」

「家だけじゃないんだ。この島の中なら施設を作ったり、動植物をレベルアップさせたりもできるんだよ。それはともかく新しい家の中に入ってみようよ」


 これまでは、ろくに家具もないボロ家だったけど、今度のはどうだろう? 

 少しは住みやすくなったかな? 

 まだ興奮しているユージェニーを誘ってコテージに入った。

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