第4話 よみがえる記憶


「ハア、ハア、ハア……、あった……」


 まぎれもない、僕の目の前にあるのはゲームの最初期に与えられる小屋だった。

 見た目は古く、塗装もはげかけている粗末な建物だ。

 小屋は森の端に建っていて、下の方には海岸が広がっている。

 おそるおそる扉を開けて中に入ると、部屋の中は古い木の匂いが立ち込めていた。

 小さな窓が二つしかないので室内は薄暗い。

 それでも、片面の窓からは青い海が見えて眺めはよかった。

 狭い部屋にあるのは、小さなテーブルと椅子が一つずつ、粗末なベッド、それだけだ。

 ベッドにマットレスはなく、藁が直接敷いてある。

 生まれてこのかた、こんな寝台は初めてだ。

 でも、贅沢を言っちゃいけないな。

 外で寝るよりはるかにマシなのだから。

 僕はテーブルの上の魔導ランタンを持ち上げた。

 赤いランタンはところどころ塗装が剥げて錆が浮いている。

 これもゲームの中と同じだ。

 点くかどうか不安だったけど、スイッチをひねるとランタンは明るく部屋を照らし出した。


「よかった……。ありがとうございます」


 これで闇に怯える心配はなさそうだ。

 僕は神様に感謝の祈りを捧げた。

 このランタンは魔石で明るくなるタイプの魔道具だ。

 魔石とは魔物を倒したときに得られる魔力の結晶であり、これを入れさえすればランタンは半永久的に使える。

 ただ、魔石の予備はないから村で買い足さないといけない。

 自分で魔物を倒して魔石を得るという方法もあるけど、できることならそれは避けたい。

 島に魔物が生息しているかどうか、現時点ではわからない。

 思い出せないからだ。

 願わくはいないでほしい。

 魔物がうろつくような島では安眠なんてできないもん。

 ポール兄さんのおかげでお金に余裕はあるから、魔石は村で買い求める方が賢明だろう。

 兄さんにも感謝の祈りを捧げておこう。


「兄さんが健やかに暮らせますように……」


 もう間違いはなかった。

 ここは『アイランド・ツクール』の舞台そのものだ。

 最初は誰もいないけど、プレーヤーがここで暮らすことによっていろんな人がやってきて、その人たちとの交流を通して島が発展していくシステムだったはずだ。

 もっとも、どんな人がやって来るかまでは覚えていない。

 記憶が戻ったといっても、そこまで鮮明にってわけじゃないのだ。

 まだまだおぼろげなところは多い。

 どうやって島を発展させたいかなあ? 

 たしか、ポイントを振って発展・育成したような気がするぞ。

 ポイントを振れるのは島の施設や動植物だったはずだけど……。


「おおっ!」


 記憶が繋がると僕の目の前にステータス画面が現れた。


 セディー・ダンテス:レベル1

 保有ポイント:10

 幸福度:65%

 島レベル:1


 そうそう、こんな画面だったなあ。

 ゲームでは所持品や所持金などの表示もあったけど、この世界では省略されている。

 気になるのは幸福度だよね。

 これはその名のとおり、僕が幸福であるかどうかの指標だ。

 睡眠不足、病気、ケガ、飢えや渇きを感じるとこの数値が下がってしまう。

 恐ろしいのは幸福度が75%を切っているとポイントが回復しない点にある。

 ポイントが回復しないと島を発展させられない。

 島を発展させられないと満足な食事を食べられない。

 そうするとさらに幸福度は下がってしまう。

 と、このように負のスパイラルに陥ってしまうわけだ。

 また、ものすごく悲しかったり、逆に嬉しかったりするときも数値は上下する。

 現在の保有ポイントは10か。

 ポイントを割り振る対象はその場にいけばわかるはずだけど……。

 小屋の中を見回したけど反応するものは何もなかった。

 ここにもキッチンや居間とかを作れるはずなんだけど、解放条件はなんだっけ?

 夕暮れにはまだ早かったので僕は外に出てみることにした。


 外に出ると、小屋の前の大地が光っていた。


 作製可能なもの:家庭菜園

 説明:畑で作物を作ってみましょう。

 必要ポイント:3

 備考:畑をつくると、農具置き場とカブの種をプレゼント。


 思い出した。

 ここには畑を作れるんだった。

 それにしても、こういうゲームで最初に作る作物ってカブが多くない? 

 どうしてだろうね。


「ああっ!」


 さらに大切なことを思い出して、僕は大声を上げてしまった。

 そうだ……、そうだよ! 

 もしこの島の畑がゲームの設定通りなら、種まきから収穫までは三日ですんでしまうはずだ。

 畑の雑草を抜いたり、きちんと水やりをしたりすれば、の話だけど、それにしたってチートもいいところだ。

 促成栽培どころの話じゃない! 

 ゲームと同じく本当に三日で作物ができるのなら、僕がもらった遺産ってとんでもないものじゃないのか?

 すぐにでも畑を作ってみたい気持ちになったけど『急いては事を仕損じる』ということわざもある。

 他にも何が作れるかを確かめてからにしよう。

 どうでもいいけど、記憶が戻ってきたせいか、日本語のことわざがポンポン出てくるや……。

 畑の予定地の横を見ると古びた井戸があった。

 井戸の縁は苔むし、中は土で埋まっている。

 これではとても使えそうにない。

 だけど、この古井戸にもポイントが振れるようだった。


 作製可能なもの:小さな井戸

 説明:水は生命活動の基本です。綺麗な真水を確保しましょう。

 必要ポイント:3

 備考:井戸を作ると滑車と桶をプレゼント


 これは絶対に必要なものだぞ。

『アイランド・ツクール』はスローライフ系のくせに厳しいところがあって、ライフが0になるとゲームオーバーになってしまうのだ。

 初めてプレイしたときは他のものにポイントを振って、井戸を後回しにしてしまった。

 おかげで喉が渇いてすぐにゲームオーバーになったっけ。

 それに、ここがゲームの世界に酷似しているとはいえ、今の僕にとってはリアルな世界だ。

 セーブポイントからやり直しがきくかどうかもわからない。

 命を大事に、が最優先となる。

 そういえば、セーブポイントはどうなっているのかな? 

 アイランド・ツクールならベッドのところへいけばセーブ画面が現れるんだけど、そんなものはなかった。

 ということは、なにかを間違えれば僕は死んでしまうのだろう。

 そこだけはリアルなんだな……。

 とにかく、井戸を復活させるのはアイランド・ツクールの基本である。

 僕は少し緊張しながら光り輝く部分に手を振れた。


「ぐっ!」


 体の中から何かが抜けていく感覚がして、ビー玉くらいの光の玉が三つ、僕から井戸に向かって飛んでいった。

 ポイントというのは僕の魔力で作られているのかもしれない。

 光の玉が古い井戸にぶつかると、目を開けていられないくらいに発光した。


 キュィイイイイイイイイイイイン!


 平衡感覚を保てなくなるほど強烈な音が鼓膜を揺さぶる。

 だが、音も光も長くは続かず、世界はすぐに静寂を取り戻した。

 いまだに痺れる目を開くと、そこにあったのはきれいに修復された井戸だった。

 びっしりと生えていた苔はなくなり、積まれた石は白く輝いている。

 井戸そのものが清潔になったのだ。

 思わず駆け込んで井戸の中を覗き込むと、透明な水がキラキラと木漏れ日を反射していた。

 さっそく桶と滑車を使って水を汲んだ。


「クンクン……、変な臭いはしないか……」


 おそるおそる飲んでみたけど、とても美味しい水だった。


「ゴクゴクゴク……プハァッ!」


 緊張で忘れていただけで、実はすごく喉が渇いていたんだなあ。


「…………」


 人心地ついたので、今度は味わって水を飲んでみた。

 本当に美味しい水だ。

 もし、フィンダス地方名水十選なんてものがあれば、間違いなくトップに躍り出る味だと思う。

 それくらいこの井戸の水は際立っていた。

 やっぱりこの島はとんでもないポテンシャルを秘めていると思う。

 美味しい水を飲んだおかげで元気が出てきたぞ。

 お、幸福度も少しだけ回復している。


 セディー・ダンテス:レベル1

 保有ポイント:7

 幸福度:69%

 島レベル:1


 水さえあれば人間はそれだけで二週間くらい生きられるそうだ。

 食べ物はまだないけど、当面はこれでしのげるだろう。

 そう思うと気持ちはすごく楽になった。

 明日にもゲームオーバー、なんてことはなさそうだ。

 ゲームの記憶が正しければ森の中で食べ物が見つかるはずだし、浜辺や磯では釣りもできたはずだ。

 頑張れば食事に困ることもないだろう。

 本当はすぐにでも島を探検したいけど、それは明日にした方がよさそうだ。

 太陽は西の空に傾き、海の色は黒さを増している。

 夜の島には危険生物が徘徊するということも思い出したのだ。

 特に恐ろしいのは毒蜘蛛や毒蛇である。

 暗闇の中で奴らに遭遇することは避けたい。

 危険生物は貴重なアイテムや素材をドロップすることもある。

 場合によっては捕獲も必要だけど、ここでの生活に慣れるまではやめておこう。


 家に入って藁束の上に座ると安堵のため息が漏れた。

 記憶を取り戻すまでは途方に暮れていたけど、これなら僕でもやっていけるかもしれない。

 今はまだ何もない島だけど、お伽噺の中のガンダルシアみたいにすることだってできるはずだ。

ステキな理想郷を作れるように頑張ってみるぞ!

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