第3話
次の日から、僕は計画を着実に進めていった。学校には、しばらく入院しており行けない事、母親に色々と制限されているため、見舞いなどは断るしかないことを説明した。
先生は特に心配の一つもくれず、「そうか、分かった。」とだけ言って電話を切った。期待なんて一切していないと思っていたけれど、この方が好都合だと思ったけれど、でも少しだけ虚しさを感じた。
掛け持ちしている二つのバイト先にも電話をした。新聞配達のバイト先は学校とほとんど同じ対応だったが、工事現場のバイトの上司は少し対応が違った。
「すみません、怪我をしてしまって…しばらく出れません。」
「怪我って………大丈夫なのか。しばらくってどれくらいなんだ。」
「ちょっと…その、数か月入院するかもしれません。」
深く聞かれることなんてないと思っていたから、具体的な日数なんて決めていなかった。その日数が過ぎたって、もとになんて戻れないのだから。
「そうか…。なにか必要なものがあったら言えよ。復帰するときは連絡くれ、いつでもいい。お大事にな。」
「はい、ありがとうございます。」
意外だった。
学校でもバイト先でも、僕はどこにいても腫物で。僕自身も誰にも声をかけず、周りも僕に声をかけることなんてなかった。
話をするとしてもあくまでも業務的な内容で、必要最低限だった。
今心配してくれた上司---村上さんとも、ほとんど話をしたことがない。面接の時と、シフトの調整をする時くらいだと記憶している。
ただ、他の人が僕の体の無数の痣や傷跡から目をそらす中、村上さんはじっと目をそらさずにいてくれた気がする。僕自身が相手の顔を見ないようにしているので、もしかしたら気のせいなのかもしれない。
でも、もしかしたら、1人でもあの街に僕のことを心配してくれている人がいたんだとしたら…。
と、ここまで考えて、全て想像や妄想の域を出ないし、今更そんなことを考えてもどうにもならない。と、頭を振って次のことをやり出した。
日雇いのバイトは幸いすぐに見つかった。母のスマホで探し、そのまま応募、面接までも急ピッチで進めていった。即日雇、即日払いでシフトも1週間毎に自由に組めたため、いつでも消えられるなと思いながら契約した。
新しく始めたバイトは、ホテルの清掃業のバイトだった。ほとんど他のバイトの人と会話をすることが無く、一人で作業できる仕事だったため、随分気が楽だった。
早朝と深夜のバイトも近場で探し、今までと同じ生活リズムになった。
毎日朝、制服を着て親戚の家を出て、駅のトイレで着替える。それからバイト先に向かい、一日中働いてから家に帰った。
以前までは学校に通っている時間にもバイトを敷き詰めたため、お金はどんどん貯まっていった。
おじさんとおばさんは毎日良くしてくれて、無駄だと感じられる学校にも行かなくてよく、今までで一番充実した毎日だった。
ただただ、毎日テレビから流れてくるニュースに怯えることを除けば、だが。
そんなある日、いつものように三人で食卓を囲んでいると、テレビから聞き覚えのある地名が聞こえてきた。
僕の家、だ……。
画面を見ると、しっかりと自分の家が映り、警察が周りをテープで囲んでいた。まるで母の眠る建物を守るかのように。
おじさんとおばさんはニュースに釘付けになり、美味しいご飯を口元に運ぶ作業を中断していた。
ニュースでは、こんなことを言っていた気がする。
40代無職の女性が、マンションで死亡していることを確認したこと。
大家さんが第一発見者、家賃滞納の件で訪ねたところ、死体を発見したこと。
女性の家からは大量の睡眠薬が発見され、自殺も考えられること。
一人息子については現在行方が不明で、容疑者の可能性があり、警察が捜索していること。
僕は誰の顔も見ることができず、顔どころか、どこに焦点を当てたら良いのか分からないまま、ただただうつむいていた。
左側から、おばさんの震える声が聞こえてくる。
「隼人君、あなた……」
ちょうどその時だった。玄関のチャイムが鳴る。おじさんはすぐさま立ち上がり、僕に向かって
「はやく隠れろ。」
と言うと、玄関に向かって歩いて行った。
おばさんは、はっとして急いで僕を物置部屋まで連れて行ってくれた。
「ここでじっとして、声も出しちゃだめよ。絶対に出てこないでね。あなたを守るわ。」
扉が閉じられた後、外から警察とおじさんが話す声がうっすらと聞こえてきた。
「ここに桜井 隼人さんは来ていますか?」
「いや、来ていないねぇ。」
「そうですか…。最後に会ったり、連絡をとったりしたのはいつですか。」
「大分前だね、もう1年以上前になるんじゃないか。ずっと学費の仕送りをしているだけだよ。」
「なるほど、分かりました。もし隼人さんに関する情報があれば、署までご連絡ください。」
「ん、分かりました。」
会話を聞きながらずっと、おばさんに言われた通り声を出さないように、動かないようにしながらも、涙が止まらなかった。いつかばれた時に、おじさんおばさんはどうするだろうと何度も考えていたが、実際は、僕のことを全力で守ってくれた。
『ありがとう…ありがとう……』
心の中で何度も繰り返し、口から洩れそうになる言葉と嗚咽を抑えながら、ただただ袖が濡れていくのを感じていた。
「もう大丈夫よ。」
おばさんが物置の扉を開け、静かに泣きじゃくる僕を見ると、そっと抱きしめてくれる。
「ごめんなさい…ありがとう、ごめんなさい………」
そのまま、落ち着くまで僕の背中を優しくなでていてくれた。おじさんも近くで見守ってくれていた。
「ゆっくりでいいから…何があったか、私たちに話してくれる…?」
その後、僕は全てを正直におじさんとおばさんに話した。二人の顔を見ることはできなかったけれど、ゆっくりと相槌を打ってくれているのを感じた。
全てを話し終わり、最後におじさんとおばさんへ改めて謝罪した。
「本当に、ごめんなさい……こんなことをして、巻き込んでしまって……。」
「いいのよ、あなたが苦しい時、どうしようもない時に頼れる人に私たちを選んでくれてありがとうね。」
「そんな………お礼を言うのは、こっちです。本当に…ありがとうございます…。」
また涙が出てきた。
原因が何であれ、僕が人を殺してしまったという事実は変わらないのに、こんなにも温かい言葉をかけて、全力で守ってくれる人がいる。そのありがたさがどれほどのものか、どう言葉を選んで感謝を伝えればいいのか、僕には分からなかった。
「絶対に、何があっても俺たちが守るからな。」
おじさんが、しっかりと僕の目を見てそう言ってくれた。ひどくありがたい言葉だったが、学生の僕でも、それが簡単な道ではないことは分かっていた。
いずれ僕は捕まる。ニュースで顔も出ている。そのうちバイト先も割り出され、警察から連絡が行くだろう。気軽に外を出歩くことも、もう難しいだろう。
捕まった時、おじさんとおばさんは何らかの罪に問われるのだろう。僕を匿ったせいで。
その夜、僕は部屋でおじさんとおばさんに手紙を書き、今までに貯めたお金を含め、荷物を全てまとめた。
おじさんとおばさんが寝静まった深夜に出ていこうと思っていたが、幸い一向に眠気が来ず、そのまま街全体が静まった時に家を出た。
「ありがとうございました。……ばいばい。」
そのまま玄関を閉じ、僕は夜の街へと走り出した。
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