三章「木枯らし」

第29話

「げっ! 千堂の代わりに呼んだの、伊桜かよ……!」


 昊が約束の時間十分前にテーブルに来ると、すでにそろっていた三名の同期の一人、佐藤が言った。


「いやだぁー! お前が来ると、一番かわいい子がお前に流れるからー!」

「やあ。士気は上々かな諸君」

「千堂が来れてればー!」


 今日の合コンの幹事の向井が、「まあまあ」と間に入る。


「仕方ないだろ。来れそうだっていうのが伊桜だけだったんだから。あちらが四人でいらしてくださるのに、こっちが三人ってわけにはいかないし。――今日は、化粧品会社の受付嬢の方々です。街コンで知り合った子の、同僚を連れてきてもらいました。美人揃いです。気合いを入れていきましょう」


 向井がふと気づいたように昊に訊いた。


「あ、でも、彼女にはなんて言ったの? 怒られない?」

「気にしなくていいよ。別れたから」

「え、そうなの? やっぱすぐ別れたか」


 やはり、という言葉が昊の心に刺さったことなど知らず、向井は「なら、我らの意思は一つだー!」と拳を上げる。


 男性側の参加者の残りの一人は、陣之内だ。常に厳格な奴でも女性への興味は人並みにあるらしい。テーブルの一番手前に陣之内が座っていたため、そばを通り過ぎる時、眼鏡の奥の瞳と視線が合った。


「先月一杯で、PM降ろされたんだってな」


 世間話をするように声をかけられた。


「ああ……そうだけど」

「僕、来月から、自社案件でPM任される予定なんだ。久我さんが案件振ってくれて」


 『へえー。で?』と返したくなる気持ちを抑え、昊は返した。


「そうなんだ。がんばってね」


 約束の時間ぴったりに、女性四人は現れた。全員まだ二十代らしく、華やかに着飾り、高い声で「はじめましてぇー」「よろしくおねがいしまぁーす」と笑む。場の雰囲気が一気に明るくなった。


 今日の店は、チーズフォンデュが食べ放題で、酒の種類もフルーティーなカクテル系が多い、女性受けを意識した居酒屋だ。明日が週半ばの祝日だということもあり、店内は満席に近い。まずは、向井とその知人女性の先導の元、一人ずつ簡単な自己紹介から始まった。酒と料理が運ばれてくることで会話も弾んだ。女性たちは聞き上手に褒め上手で、男性陣からすれば『あたり』の合コンと言えた。


「――でも、ノヴァソリューションって、聞いたことない会社」


 一人の女性の発言に、佐藤がはきはきと答える。


「BtoB企業だからね。知名度低いかも」

「ビートゥービー?」

「企業相手に仕事してるってこと。個人客相手じゃなくて」


 説明に、女性たちは「へえー、なるほどぉ」と大きく頷く。かまととぶっているわけではなく本当に知らないのだとしたら、社会人としてやや残念だ。


「IT企業なら、クレセントなら知ってるけど……」

「クレセントグループは、一番有名な企業だから」


 昊は苦笑しながら口を開いた。


「政府が創立者だし。筆頭株主も」

「えっ、そうなんだぁ!」


 クレセント株式会社には、苦い思い出がある。就職活動において、クレセントデータなどグループ傘下の企業いくつかに、昊は採用応募したが、全落ちした。一体何がいけなかったのか、ずばり理由を教えて欲しいものだったが、定型メールで今後の健闘を祈られて終わりだった。河嶋との件のこともあったので、最近は社名を見ただけで気分が沈む。


「いまは、どんなシステムを開発してるんですか?」


 別の女性が質問した。陣之内が精神を落ち着かせるように眼鏡の縁を押し上げた後、早口で答えた。


「僕はいまは、アイデンピエレというオープンソースフレームワークを用いた販売管理システムのクラウド化開発に携わっています。ポス及びイーコマースサイトから送られてくる売上や受注データのインターフェイスの改修及びバグ対応が、主な仕事です」


 若く麗しい女性たちの顔が、外国語を聞かされたような当惑顔になる。隣に座る向井が、陣之内の肩に強めに手を乗せた。


「ごっめーん。こいつ、緊張してんの。――もっと簡単な説明でいいんだよっ」


 小声で足された助言に、陣之内は眼鏡の縁をもう一度上げ直す。


「どの辺りがわからないのか、教えていただければ、ご説明しますが」


 女性は、「あー……」と困り笑いをする。


「難しいことしてるっていうのは、わかったから、いいかなぁー」


 ほど良く盛り上がった酒の席は、またたく間に過ぎていった。そろそろ終了の時刻になろうという頃、昊は手洗いに席を立った。戻る途中、参加者の女性一人が通路で待っていた。ハイウエストのスカートから覗く黒ストッキングの太ももが、ずっと気になっていた女性だ。


「伊桜さん」


 女性が上目遣いで近寄ってきて、囁くように言った。


「解散した後、二人で飲み直しませんか?」


 昊は、彼女の名前が東条だったか西条だったかを思い出しながら、「いいよ」と頷いた。


 居酒屋を出た後、近場のバーに二人で入った。恋人同士のような親密さで一時間ほど飲み直した後、ホテルに向かい、酔いに助長された高揚感のまますぐに抱き合ってキスを交わした。温もりに触れるのは雪葉以来で、自然と熱が乗る。最中、雪葉のことを強く思い出したが、声も反応ももちろん彼女とは違う。終わる頃には、昊はいつも通り一歩距離を置いて相手を見ていた。女性は明らかに愛に満たされた様子で、幸せそうに昊の体に寄り添う。


「今日、昊くんと会えて、すっごくラッキー。来て良かったぁー。ほかの人たちも、みんな良い人たちなんだろうなっていうのは、わかったんだけどね。佐藤さんは、食い気味で話しかけてきてちょっと必死感やばいし、陣之内さんは、早口で話の内容も難しくて何言ってるかよくわかんないし、何より二人、メガネだし」


 佐藤も陣之内も、仕事熱心の良い奴らだ。浮気なんて絶対にせず大事にしてくれるだろうに、哀れである。


「今日は、わたしのためのコンパなんだ。だから、昊くんのことはみんなに譲ってもらったの。だいたいみんな、彼氏いるし」

「……へー。そうだったんだ」


 聞き上手に愛想もある可愛い子に、恋人がいないわけがないのであった。楽しく飲める意味では『あたり』の合コンだが、真面目に出会いを求めるならば『はずれ』の合コンだった。


「あ、でも、みんな常に出会いは求めてるよ! 運命の相手になるかもしれないしね。この人良さそう! って思ったら、すぐ乗り換えるでしょ? グループメッセージでも、みんなと話してたんだ。ほら。昊くんのこと、かっこいーって、みんな言ってる」


 携帯電話でのメッセージのやりとりを見せられた。飲みの合間や手洗いに行っている間に、みなで男たちを値踏み談議していたらしい。めちゃくちゃ怖い。


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