第25話
「あー。駅の広告で見たかも。何日だっけ。一緒に行く?」
「はいっ。お盆休みの次の週の、土曜日ですよ」
「おっけー、空けとく」
浴衣を着ようと、雪葉は思った。また可愛いと言ってもらえるかもしれない。通帳の残高が脳裏を掠めたが、今年の夏に帰省をしないことにすれば、浮いた帰省代で浴衣を買える。母には悪いが、許してもらおう。せっかくの連休だ。可能ならば、ずっと離れず昊といたい。
「昊くんは、お盆休み、普通にとれそうですか?」
「うーん、三連休だけかなぁ。有給使って、祝日と合わせて五連休とる人も多いけど、俺はPMだし、やめとこうかなって。家族サービスしなきゃならないわけでもないしね」
「……そうですか」
「雪葉は? もしかして帰省予定?」
「私は五連休とる予定ですが……でも、今年は帰省、やめようと思ってて」
「じゃあ、一緒に過ごす?」
顔が自然と輝く。
「はいっ!」
「あ、でも俺、お盆当日は実家に顔出さなきゃだ。だるいから、ちょっとだけだけどさ」
「昊くんのご実家って……」
「日帰りできる距離だよ。ここからだと、電車で二時間くらいかな」
ならば朝と夜は普通に会えそうだ。雪葉は夏季休暇が待ち遠しくて堪らなくなった。
その日も、翌日が月曜日だったが昊の家に泊まった。朝になってもまだ昊と離れ難く、仕事に行きたくないくらいだった。毎日休みだったら、ずっと一緒にいられるのにと思う。昊も気持ちが通じたように、枕に顔をうずめ、くぐもった声で言った。
「あー、午前休とっちゃいたい……」
「……私、とろうと思えば、とれますよ」
エンジニアは裁量性の仕事だ。遅刻して遅れた分の作業は、午後にがむしゃらに頑張ったり残業をしたりして取り戻せばいい。
だがやはり、管理職は勝手が違う。昊は顔を上げた。
「いや、行く。今日は、午後にミーティングもあるし!」
昊はベッドを出て、シャワーを浴びに行ってしまった。雪葉は残念に感じながらも、自分も仕度を始めた。
×××
午後のミーティングルームには、他プロジェクトのマネージャー数名と、統括責任者であるクレセントデータの社員が二名集まっていた。クレセントデータの社員はもう数人いるが、今日いるのは
河嶋は、ずんぐりとした体格の煙草臭のする男で、客へは腰が低いが立場の低い者には高圧的という、典型的な管理職タイプの人間だ。一方の柊は、上品な物腰で雰囲気も柔らかいが、さすが男の職場で生き抜いてきただけあり、言い方は優しくとも指摘内容は容赦のない鋭いものばかりだ。つられて気を緩めると心の被害が甚大のため、昊は河嶋とは別の意味で言動に常に気をつけている。
各プロジェクトの進捗確認や仕様変更の有無、それから細かな連絡事項を報告することで、会議は進んでいく。途中、河嶋が昊に問いかけた。
「伊桜さん。各リソースのアップロード日程、金曜日にメールした資料の内容で、問題なさそう?」
昊は肺が冷たくなった。先週末に、月曜日に早く出社して確認しようと思っていた事柄だった。今朝ぎりぎりの出社時刻になってしまったこともあり、すっかり忘れていた。
「申し訳ありません。確認、まだできていませんでした」
雪葉が家で待っているから、金曜日くらいは早く帰ろうと思った。
「ミーティング後、すぐに確認します」
失敗は、正直に謝るに限る。保身のための軽い嘘が、後々問題になってはなおのこと大変だ。
幸い河嶋は、「そう」と追及せず流してくれた。ごく簡単な確認内容で、また、メールは金曜日の定時過ぎに寄越されたものでもあった。すっかり失念していた昊は確かに悪いが、完全に非があるとも言い切れず、そのように捉えてくれたらしい。昊は心の内で胸を撫で下ろした。
その日の夜は、曜日不問で気まぐれに開かれる、恒例の同期飲み会があった。開催場所がかえで銀行本社ビルから近かったため、昊は帰りがてらに立ち寄った。馴染みのメンバーたちはいつものように、昊が着く頃にはすっかり酒が回っていた。座敷に上がると、営業部の向井が指を差して言う。
「お、来たな! お前、この前の飲み、彼女優先して断ったろ。また彼女できたって、沖から聞いたぞーっ!」
「お疲れー。向井、いまビール何杯目?」
「七杯目っ!」
昊はネクタイを緩めながら、自分も酒を注文した。場には友人でもある沖や、気の合わない同期の陣之内も、いつものようにいる。向井が隣に来て肩を組んできた。
「彼女の写真見せろよ」
情報収集が生きがいの、首突っ込みたがりの向井らしき要望だ。特に断る理由もないため、昊は携帯電話を操作した。海の写真は水着姿のため見せるのが嫌で、遊園地で撮ったツーショットをとりあえず見せる。
沖が、「俺も見たーい」と顔を覗かせた。さらに野次馬として、同期の佐藤と千堂も追加される。向井がまず感想を述べた。
「なんというか……素朴」
「うん、普通」
続いて千堂も頷いたので、昊は苛立った。
「は? かわいいだろ」
「あ、かわいくなくはないよ? ただ、いままでの子に比べたら、控えめな感じの子選んだなぁって」
言い訳のように付け足した向井は、恐らく営業の仕事で雪葉本人と一度会っているはずだ。まるで気づいていないらしい。
「……とても可憐で、かわいらしい方だと思います」
ぼそりと呟いたのは、いつの間にか野次馬に加わっていた陣之内だ。眼鏡の縁を持ち上げ、じっくりと見入っている。
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