第9話 彼女と彼女


「にい……さま?」


 ニコニコと変わらない笑顔を浮かべている兄に、言い様のない恐怖を感じた。


 視線も優しい。

 笑顔も優しい。

 言葉も優しい。


 ……ただ、それが怖い。


(私の顔は今、どうなっている? 恐怖が張り付いているのでは?)


「ステラの中にいるは誰かな?」


 再度の問いかけに、圧を感じた。


 私は繋がれていない方の手でシーツを掴む。兄と繋がったもう一つの手はきっと震えているだろう。


 兄は気付いている。私がステラじゃないことを。


(どう話せばいい? どこまで話していい? 兄は本当のことを知ったら、私をどうするのだろう? 家から追い出す? それとも……私を殺す?)


 ステラを溺愛している兄ならやりかねない。

 だって、ヴェガードルートの私の最期は……


 ――『絞首刑』だったのだから。


 私は意を決して話し始めた。


「兄さま。私には私ではない人の記憶があります。それは学園に入学する前の日からです」


 兄の顔から笑顔が消えた。


「ただ……今までの記憶もあります。兄さまと一緒に育ったこと。一緒に遊んだこと。そして楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことも……すべて」


 私の手を握る兄の手に力が入る。


「前の私も、そして、今の私も……ヴェガード兄さまのことが大好きです」


 兄はゆっくりと目を伏せた。そして、小さく首を振った。


「違うんだ。……違うんだよ、ステラ」


 今度は私をまっすぐ見て、視線を合わせる。


「ごめんね、怖がらせて。僕はステラを怖がらせたかったわけじゃないんだ」

「……兄さま?」

「今日、召喚の儀式で僕の守護神とステラの守護神が繋がったとき、ステラの中にの存在を感じたんだ」


 兄は気まずそうに頭を掻いた。


「そうか……それで、分かったよ。そのは、ステラの中のに付いているのだね」


 兄が肩を下ろした。私も胸を撫で下ろす。


「それで? 。君の名前は?」

「えっ?」

「君にも名前があるのでしょう?」

「……せいら」

「セイラ、か」


 兄の顔が見れず、私は俯いた。


「僕には二人、妹がいたのか」

「えっ?」


 兄の言葉に顔を上げると、目の前には変わらない笑顔の兄がいた。


「ステラもセイラも僕の可愛い妹だよ」


 頭を優しく撫でる兄の顔が滲む。今日、二度目の涙を流した。


「セイラ。この二年、辛かっただろう? そんなに大きな秘密を一人で抱えたまま。ごめんね……側にいたのに。セイラが苦しんでいることに気が付いてあげられなくて」


 私はぶんぶんと首を横に振った。


「兄さまは優しすぎます。私はステラを奪ってしまったのよ? さっきまで兄さまに殺されると思っていたわ」


「えっ? そんなこと考えていたの?」


 黙って頷くと、兄は困ったように眉尻を下げた。


「可愛い妹を殺すわけないだろう? もうちょっと兄を信じて欲しいなぁ」


 珍しく情けない顔の兄に、思わず『ぷっ』と吹き出すと、その顔は意地悪なものに変わり、頬をつままれた。


「僕はいつでも妹の味方だよ」


 そういって笑った兄の顔が、とても頼もしかった。

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