第10話 王子の登場


 翌朝、アステリア家の屋敷の前に一台の馬車が停まっていた。

 鳩を象ったプレアデス家の紋章が描かれている。その中から出てきたのは、濃紺の髪、サファイアのような瞳をした公爵令息だった。


 アステリア家の従僕が出迎え、案内する。


「やあ、シアン。昨日はありがとう」


 屋敷に入ってきたシアンにヴェガードは爽やかな笑顔で出迎えた。シアンは無表情のまま、一つ頷くと静かに辺りを見回した。


「ステラは?」

「ああ。もうすぐ来るよ」

「もう体調は良いのか?」

「うん。問題ないよ」

「そうか」

「心配してくれたんだね。ありがとう」

「?」


 シアンはヴェガードの言っている意味が分からず、首を傾げた。

 その様子にヴェガードは苦笑いする。


「まさか……気が付いていないの? うーん。ステラもステラだけど、シアンもシアンだね」


 ヴェガードがクスリと笑うとシアンは怪訝な顔をした。


「……おはようございます」

「ステラ。シアンが迎えに来てくれたよ」

「「……」」


 お互いに無言で無表情な対面にヴェガードがフッと吹き出す。

 二人からの視線を受けると一つ咳払いをし、二人を追い立てるように手を払った。


「ほら、遅れるよ! 二人ともいってらっしゃい!」


 ヴェガードは微笑みを浮かべたままひらひらと手を振って、二人を見送った。


◇◇◇


 しばらく無言の馬車の中。不意に視線を感じて、そちらを向くとステラと目が合った。彼女は気まずそうにうつむきながら口を開く。


「昨日は、ありがとうございました」

「いや、構わない。もう大丈夫か?」

「ええ。ちょっと混乱しただけですわ」

「何に?」

「えっ。ええっと……」


 視線を彷徨わせ、またステラはうつむいた。


「この前の話に関係しているか?」


 そう問いかけると、無言で頷く。


「まだ話せないのか?」


 ステラを見つめると彼女も顔を上げ、視線を合わせた。

 そして、何かを決意したように言った。


「学園が終わった後、屋敷にお招きしても?」

「ああ、構わない」


 話がついたところで、ちょうどよく学園に到着した。ステラをエスコートして出ると、周りからの視線を浴びる。ステラもそれに気が付いたのか、無表情で視線を落とした。


「ステラ。具合はどうかな?」

「エラトス殿下……もう、大丈夫ですわ」


 まるでステラを待っていたように第二王子が話しかけてきた。エラトスはチラリと横にいるシアンに目をやる。


「シアン。私の婚約者が世話になったね」

「別に、世話などしておりません」

「そうか。では、なぜ一緒の馬車に?」

「殿下が迎えに行かなかったからではないでしょうか?」


 表情一つ変えずに第二王子に対応するシアンの姿は『悪役令息』そのものだった。


 シアンはエラトスに小さく礼をすると、その場を去っていった。


 シアンの背中に冷たい視線を向けていたエラトスだったが、ステラに向き直ると、柔らかな笑顔を浮かべた。


「心配したんだよ? ステラ」

「……ありがとうございます」


 エスコートのために差し出された殿下の腕を取ろうと手を伸ばした瞬間、ステラの口が動く。


「所詮、婚約者としての義務でございましょう?」


 エラトスが目を見開く。


 そこには第二王子に冷たい視線を向けるステラの姿があった。

 悪役令嬢ステラ・アステリアの姿が。

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