代わりだった日の後日談

ハユキマコト

代わりだった日の後日談

「マジでこの国の祝日の仕組み、雑過ぎ」


 顔も直接見たことないような偉い人が12月生まれだったから、という理由で今までクリスマスを気兼ねなく祝えてたのがまず不思議ではあるのだけど、去年まで祝ってたんだから、毎回祝日が増える制度でもよくないか。

 求人票の「週休二日制、祝日日数分の休暇あり」の文字を思い出す。今日が祝日なら、クリスマスへ回して休めたかもしれないのに。いや、こんな仕事をしてるのに、クリスマスを休もうなんてのはバチあたりだろうか。だけど、実際、去年までは祝日分休めてたわけだし……。


とはいっても、ここは業界内でもかなりホワイトだ。地域に根ざした商売を続けているのもあるけど、クリスマス前は休み一切無し、というところも多い中、少なくとも週に二日は休みをくれるのだから。


「有給使いなよ。ケーキの納品もプレゼントの配備も大方終わったし、あとは当日の緊急分だけでしょ」

「アタシ1月からなんすよ有給使えるの」

「え、バッター三振じゃん」

「素直にアウトって言えばいいじゃないですか」

「俺から店長に言っとく。国にバレたら店の方がしょっぴかれちゃうよ」

「別にいーっすよ、ていうかアタシが出なかったら誰が店に出るんすか」

「誰も出ないな。休みにしよう」

「そこは俺が出るって言ってくださいよ。誰かがミルクを飲まなきゃならないでしょ」


 先輩は私服勤務OKをいいことに、サングラスにチャイナドレスでハイヒールという異常スタイルを崩さない。とてもじゃないがこの業界の人には見えない、どっちかっていうとハイブランドの店員みたいだ。ただ、店長も店長でヘンな服ばっかり着てるから、一応研修期間だし、と思って制服を着てる私がなんだか逆に浮いているしまつだ。正直、制服があると毎日服を選ばなくていいからラッキーと思ってたところがあるので、ここまで誰も制服を着ていないとは思わなかった。女性用の制服は、イマドキにしては若干丈が短めのワンピース型だけど、同梱のタイツが化繊じゃなくウールなのが一周したレトロスタイルで、あたたかいし、なかなかオシャレだと思う。男性用もゼロ年代に流行ったというシャキッとしたアンティーク系のコートがベースで、先輩には似合うと思うんだけど。


「ていうか先輩、もしかして頭部プラッター新しくしました? 前よりちょっと小さくなってない?」

「よく気づいてくれた! ルーノ・リブロのゴールドバーグマシン式だよ。500年代のアンティーク」

「うわ……他人についてた頭部パーツ普通に使えるんすか……」


 私がドン引きの様相を呈すと、先輩は慌てて違う違う! とジェスチャーする。

 先輩は自分につまらない悪評が連なることは全然気にしないが、誤解が生まれそうなときはびっくりするほどの勢いで否定するクセがある。電子タバコを取り落しそうになり、うわあ! とでっかい声を上げながら慌てて手中へと収めた。動作よりも声の大きさの方にびっくりする。電子タバコは中空で勝手に空気を吸着して、ぷわぷわとバニラフレーバーの煙を出し続けている。


「俺だってさすがに中古の頭部パーツはちょっと躊躇うって! これはデッドストック品でね、東図書館の館長ってわかる?」

「……ちょっと待ってくださいね、思い出します、常連の人ですよね」

「常連客を覚える努力は良いことだ。頑張りたまえ。あと5、4、3」

「わかったわかりましたたまにカウンターでシナモン入りの銀紅茶だけ飲んで帰る人!」

「あたり。 あの人が譲ってくれたんだ」

「500年代でデッドストックだとかなり高級品じゃないすか?」

「いやあ、ウチの店の伝統が長続きしてほしいって言ってくれてね」

「ああ……先輩の前の頭部プラッター、接合跡見えやすいタイプだったから……」

「俺のときは国の制度が無かったからなあ。廉価品しか使えなくってさ、キミの世代は良いよね、小学校で接合チェックしてくれるんでしょ?」

「ふふふ。ジブン、アバター世代なんで」

「マジでうらやましいよ、おっさんにも支援金出して欲しい~」


 ふー、と電子タバコの蒸気を吐き出しながら、先輩は慌てて窓際に寄ろうとしたので、そのままでいいと伝えた。お父さんがよく電子タバコを吸いながら仕事をしているので、煙には慣れている。ただ、お父さんのはもっとキリっとした、青いハーブのような香りだ。なんだかイメージが逆な気がして、急に笑ってしまった。


「何何何急に」

「いや、先輩のタバコ甘いなって」

「俺、甘いもん好きなんだよ」

「キッチンまで深潜してまかない貰って来ればいいじゃないですか、どうせ休憩中ヒマなんだし」

「入社時にね、三か月ぐらいそれやってたらすごい太ったから、もうしないの俺は、たまにしてるけど……」

「先輩ぐらいのトシだったらヒョロヒョロしてるよりよくないです?」

「遠回しにディスってる? 頑張って体系を維持しているというのに? あと俺には別にいいけど他の人に言ったらセクハラだからだめだよ、最近そういうの厳しいから」

「いや、単にアタシの主観なので」

「マジ最近の子の好み全然わかんないわ」

「まあどっちかっていうと酒タバコ競馬を全制覇してる人がヒョロヒョロだと食生活が心配になる方面っすね」

「競馬はほんと遊んでる程度だって前言ったじゃん! 飯はちゃんと食ってるよ、これでも自炊得意なんだから。家でもケーキとかクッキー焼くよ」

「一人用のクリスマスケーキを」

「別にいいでしょ、一人用でも。最近はおひとりさま向けのレシピも多いのよ、多様性の時代なんだから」

「今とてもいいことを思いついたんですが、そのレシピ、二人用にしたら私も食べられますよね?」

「お前な……驚くなよ、俺の料理の腕に……?」

「あ、食べさせてくれる方向性の呆れなんですね」

「食べたくないのかよ」

「食べたいです」

「明日と明後日、どっちに持ってきたらいい?」

「間を取って24日の夜はどうですか」

「ああ、別にかまわ」


 ないけど、といいかけて、先輩は停止した。サングラスの向こうの構造色レンズがチカチカ困ったように輝くような気がした。それにあわせて私はそっとリングの内側のボタンを押して、自分の瞳を桃色に切り替える。先輩は、きっと気づかない。

 奇しくも同じブランドだ、ルーノ・リブロの多色偏向カラーコンタクトを桃色にして『挑戦』をすると、叶うなんていう噂をターミナルのペーパーボーイが話していた。そんな噂にかけるほど、些細な願いが大気中に充満する。バニラのタバコよりも甘い香りと、燃えカスみたいな残虐性。


「実は、アタシの誕生日なんすよ、今日」

「え」

「今日でハタチってことなんで、ちょっと『挑戦』を」

「……いや、流行ってるねえ最近それ、俺を挑戦台にしないでくれないかなあ」

「先輩以外の誰に仕掛ければいいんすか」

「…………キミのお父さん怖いじゃん、県警の偉い人でしょ……」

「アタシには弱いんで」

「男親はみんなそんなもんか」

「どっちかっていうとお母さんが怖いっすね」

「この流れで追加すべき情報じゃないよお」

「でも、先輩なら大丈夫だと、そうは思いませんか?」


 先輩は盛大にため息をついた後、瞳の色、見えてるよ、と降参したような声を出す。

 心臓がときん、ときん、と音を鳴らした。私は、バチあたりだろうか。


「……いつから決めてた?」

「会った日から、ずっと」

「うそ、若者こわ……」

「この前、平均健康寿命は230歳を超えたってニュースで話題になってたじゃないすか」

「いやいや」

「アタシも先輩も、きっと昔の人から見たら、変わらず若者っす」

「今は今だからさ」

「ああ、それじゃあ、昔に行きましょうか、そろそろ」


 そんな衝撃のコクハクしといてもうそんな時間かよ~、とぼやく声をよそに、休憩室のダイヤルを合わせる。

 今日の当番は、2、0、2、3……。昨日は2520年のホノルルだったから、比べるとずいぶん遡る。


「俺は今日どんな顔してキミと働けばいいんだ」

「そりゃもう、とびきり笑顔で」

「笑顔でいいとおもう?」

「先輩の笑顔、好きですよ」


 今日はかつてクリスマスの代わりだった日。

 私たちは、かつてサンタクロースと呼ばれていた人々の代わり。

 何もかもが代替品の後日談からアクセスする出店場所は、ちょうど同じく、12月の祝日が突然消えた年代のニホンらしい。

 2023年、と表示された扉を開ける頃には、先輩は電子タバコをしまい込み、即激ケミカルウォッシュパウダーで丁寧に服と香りを整えたあとだった。私もフリル付きの赤いワンピースと白いタイツを整えて、いつもより数段上の笑顔で扉を開く。


「「いらっしゃいませ、カフェ・タイムマシンへ!」」


 そして祝日の代わりだった日のほんとうの後日談は、まだ、明日になってみなければわからない。

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