退学届けと思い出の薔薇園―2

 そこまで言うと、室内に重い沈黙が降りた。

 きっと、二人は私を責めるだろう。とても優しい子達だから……。


『エリナさん!』『ちょっと! どうして、私達に相談しないの!?』


 でも、言えない。絶対に。

 パメラもマリアも、それぞれ事情を抱えている。私の為に厄介事を抱えさせるわけにはいかない。

 叔父達の話に出ていたレンベリ侯爵は、一介の学生に過ぎない私の耳にも届く程、悪い噂が絶えない大貴族。そんな人物を叔父夫婦が動かせるとは思わないけれど……悪いことは良いことよりも起こりやすいのが常だ。


「はぁ……」


 クレアさんが深い溜め息を吐き、額に細い指をつけた。

 少しずつ部屋の中が暗くなっていく中、自動で魔力灯がつく。初めて、学院に来た時、パメラと驚き、マリアに呆れられことをを思い出す。……とても懐かしい。

 綺麗な銀髪を弄りながら、仕事が出来る、と学生間でも広く知られているクレアさんが私を見つめた。

 

「どうやら、話せない御事情があるみたいですね」

「……ごめんなさい」

「謝らないでください。エリナさんが悪いわけじゃないのは重々分かっています」

「………………」


 涙が零れ落ちそうになるのを堪える。

 ここで泣いてしまったら、この人はきっと力になってくれるだろう。

 けど……私の人生はもう定まった。定まってしまった。

 こんな状況を覆せるとしたら、それこそ王族の方々くらい。

 ……そして、そんな奇跡はおきない。

 クレアさんと目を合わせ、席を立つ。


「では、お願いします。学生寮の鍵は、後日お届けします」


※※※


 バタン、と音を立て、エリナさんは部屋を出て行きました。

 テーブルの『退学届け』を見つめ、私は脚を組みます。


「はぁぁぁ……もうっ! どうして、こんなことに…………」


 入学当初から決して、心の内を見せてくれる子ではありませんでした。

 御両親を幼くして亡くされ、叔父に伯爵家を謂わば乗っ取られているという家庭環境。


 しかも――あの美貌に『魔女』を思わせる長い黒髪。


 他者よりも恵まれた環境で生まれ育った私でも、彼女の置かれた立場が過酷だったのは理解出来ます。

 それでも、少しずつ学院生活にも慣れ、笑顔を見せてくれるようにもなっていたのに……。

 ただ、エリナさんは三年生の首席です。しかも、歴代でも五指に入る程の。

 いきなり退学、という措置は取れません。学院長のみならず、大学校側にも話を通す必要があります。


「もう少し、調べる必要がありそうですね。……大方、面倒くさい貴族のあれこれでしょうけど。まったく、よりにもよってエリナさんを巻き込むなんて」


 実家の力を借りても良いんですが、それだと彼女は気にしてしまうでしょう。

 けれど、学院の職員になって早三年。

 多少は内外に伝手も出来ています。私が――エリナ・スレイドさんの友人であるクレア・ウェスト個人が力を貸すのは、私自身の意思なので、誰にどうこう言わせませんっ!

 取りあえず、そうですね……。


「事情通の彼女に聞いてみましょうか。あの子なら、王国で起こっている厄介事を殆ど網羅しているでしょうし……。あの子の会頭さんの為に」


 私は独白し、手帳を開くと名刺が零れ落ちました。

 ――『アニエス商会王都副支部長スザンナ・ボードウェン』。

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