悪い報せと売国奴―5

「! そ、それは! そ、それだけは……!!」


 嗚呼……きっと、今の私は死者のように蒼褪めている。

 進学するどころか、来春の卒業すらも許されない? そんなことになったら、私が生きてきた意味は、この世界に何一つとしてなくなってしまう。

 懇願しようと左手を伸ばすも、叔母が鋭く扇子で打った。


「――っ」

「話を終わりよ。クリント」

「ああ、そうだな。ナタリー」


 白い肌が紅くなり、腫れていく。

 なけなしの勇気を根こそぎ砕かれた私の身体はもう動かない。動けない。

 叔母が先に廊下を歩き始めるのを見やった後、叔父は金の懐中時計を弄りながら、淡々と通告してきた。


「ナタリーが言っていた通り……私から、お前の退学要求を魔法学院にすれば酷く角が立つ。下手すれば、探られたくない腹を探られかねない。最近、王家の方々は我等貴族の綱紀を気にされているとも聞いているしな。王都へ戻り次第、自分で退学を申し出ろ。出来るな?」

「………………」


 私は返答出来ない。

 親友達との思い出が思い起こされ、視界が涙で滲む。

 習い覚えた魔法には、人を害するものもあるにはある。

 ……だけど、私には。

 叔父が苛立たしそうに、廊下を踏みしめた。


「エリナ! ……返事はどうした?」

「…………わ、かりました…………叔父様の、言う通りに…………」


 心臓を氷の刃が貫くような激しい痛み。

 前屈みになり、目をぎゅっと瞑る。私は、私はっ。

 叔父が膝を曲げる気配がした。気持ち悪い声で囁かれる。


「そうだ。それでいい。兄達に似て、役立たずで無能なお前に役割を見つけてやったのだ。精々感謝することだ。『売国奴』の金貨も、私達が使ってやれば喜ぶ。そうだろう? うん??」


 足音が離れていき――私は独りになった。身体は動かない。

 幼い頃なら、父と母が。

 学院入学前なら、古くから仕えてくれていた者達が。

 王都へ行った後なら、親友達が。

 こういう時、何時だって落ち込む私を励まし、慰めてくれた。

 ……けれど、もう誰も! 誰もいない……。


「うぅ……うぅぅ…………」


 涙が零れ落ち、豪奢な絨毯を汚していく。

 窓の外から、正門の開く音がした。叔父達が出かけたのだろう。

 顔を上げ、のろのろと立ち上がる。


「……酷い顔」

 

 窓に映ったのは、目元と左頬を腫らし、焦燥しきった制服姿の私。

 魔法学院へ入学した時は、心から誇らしかったのに……今は酷く辛い。

 廊下に落ちた制帽を拾いあげると、同時に渡された書簡が視界を掠める。


 それをすぐに拾い上げる気力は、もう私に残されていなかった。 

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