悪い報せと売国奴―4
書簡を持つ手が震える。細い指先は冷たくなり、血の気を喪っていく。
――駄目だ。
このままだと私は自分の意志を何一つとして出せないまま、夢を諦めなければいけなくなってしまう。何とか説得をしないと。
でも、どうやって?
この人達が私の言葉を聞いてくれたことなんて、今まで一度だってなかった。両親の葬儀ですら、金貨が勿体ない、と簡便にしたような人達をどう説得すれば?
硬直する私に興味を喪ったのか、叔父はおもむろに金の懐中時計を取り出した。
「おっと、いかんいかん。そろそろ出なければな。エリナ、縁談の仔細はその書簡を読め。当然分かっているとは思うが、以後は書簡のみでのやり取りとせよ。郵便費用は下賤な平民持ちでな」
「わざわざ貴女を王都から呼び寄せて、直接書簡を手で渡したクリントに感謝をしてちょうだい。私とイレーナは反対したのだから」
叔母は東洋から輸入された美麗な扇子を広げ、口元を隠した。
言葉が酷く遠く感じる。叔父達とはいったい何を言っているのだろう。
義理の娘の――しかも、伯爵家という世間的には貴種とされる家の婚姻。
しかも、その相手が、他国にも名を知られている秘密多き大商会の若き会頭となれば……王都であろうと、何処であろうと、人々の格好の噂になる。
そうなったら、祖父母、父や母が守ってきたスレイド伯爵家は。
私は勇気を振り絞り、顔を上げた。
「あ、あの、お、叔父様」
情けないことに声が震えてしまう。
心臓は魔法学院入学が決まった夜以上に早くなる。
あの時は歓喜で。今は――恐怖で。
「「?」」
用済みの私が話しかけたのを奇異に思ったのだろう、叔父と叔母は怪訝そうに視線を動かした。太陽が雲に隠れ、屋敷内に陰が差す。
左手を心臓に押し付け、途切れ途切れに訴える。
「わ、私、魔法学院を卒業した後、魔法大学校へ進学したいんです。成績も足りています。学費も、奨学金で家にはご迷惑をかけません。ですから、この縁談はなかったことに――きゃっ」
左頬に痛みが走った。ナタリーが私の頬を畳んだ扇子で打ったのだ。
衝撃に耐えきれず、私は廊下へ転がり呆然。手から書簡が零れ落ちた。
叔父が懐中時計を仕舞い、冷たく吐き捨てる。
「……何かと思えば。お前如きが進学だと? 我がスレイド伯爵家に、魔女を連想させる黒髪を持ち込んだ下賤な女の血を引くお前が?? 馬鹿を言うなっ!」
「……クリント、私達は少し寛容過ぎたようね。まったく、困った子」
叔母は瞳を細め、私を見下ろした。
そこにあったのは、吹雪のような冷たさと蔑み。
心臓が握り潰されるかのような感触に、身体を動かせない。
ひんよりとした扇子がまるで処刑用の剣のように、私の首筋へ当てられた。
「エリナ、貴女には罰が必要だわ。今回の婚姻は、魔法学院卒業後、という申し入れだった。けれど、貴女がそういう態度を取るなら、話は別よ。王都へ戻り次第、下賤の輩に即刻嫁ぎなさい。――ああ、分かっているわ。学生の間は無理なのよね? でも、自分からの申し出なら別でしょう?」
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