悪い報せと売国奴―2

 重い足取りで一段一段、階段を上っていく。

 動悸は激しく、身体の震えも止まらない。まるで、断頭台へ赴く罪人のかのよう。

 親友達の助言に従って、こんな場所へ来るんじゃなかった。全てをかなぐり捨てて、逃げてしまえば良かった。

 でも……この二年間余り、伯爵家から、叔父達から、古くから仕えてくれている者達の運命から、目を逸らし続けていたのは私自身なのだ。優しいあの子達を巻き込む訳にはいかない。

 あの子達には未来がある。輝かしい未来が。

 ほぞを噛み、最後の階段を上りきる。

 多くの美術品が飾られた短い廊下の先に、執務室の扉が見えた。

 生前の父と母は、毎日のようにあの部屋で仕事をし、幼い私も足下で遊んでいた。

 けれど今は。


「………………」


 ネックレスを痛い位に握り締め、浅い呼吸を繰り返す。

 怖い。とても怖い。あの部屋に行きたくない。

 イレーナと出会ったことで、私がこの二年間で得られた、と思い込んでいたなけなしの勇気はことごとく消え去ってしまった。

 この場で立ち竦んでいるのは、ほんの少しだけ魔法を、荒事向きではない魔法を覚えただけの、痩せっぽちで人々から奇異の目で見られる黒髪の女。 

 両親も、その遺産も、伯爵位も、古くから仕えてくれていた者達も、全ては叔父夫婦に奪われてしまった。


『魔法の素養持つ者は地位に関係なく、それを一度は学ぶこと』


 幾ら叔父達が強硬でも、約二百年前に定められた特別な法が、魔法学院にいる間は私を守ってくれるかもしれない。

 けど、イレーナの物言いや、金貨を直接要求してくるくらいなのだ。家の台所事情はきっと良くない。もしかしたら、卒業すらも許されず。


「……………っ」


 耐えきれなくなり、白い制帽を胸に押し付ける。

 もう足が動かない。

 すると、執務室の扉が開いた。心臓が凍り付く。

 記憶よりも痩せた片眼鏡の男性――私の叔父である、クリント・スレイド伯爵がこちらに気付いた。細い目を更に細め、部屋の中へ上機嫌に話しかける。明らかに上質なスーツの袖が踊った。


「ナタリー、我が家へ金貨をもたらしてくれるガチョウがやって来たようだぞ。まぁ、ガチョウにしては相変わらず痩せているし、不吉な魔女の黒髪だが。まったくっ! 兄上にも困ったものだ。あのような血筋を栄えあるスレイドの血筋に入れてしまったのだからなっ!!」


 私は何も言葉を発することが出来ない。母の家系を貶められたのに。

 そして……金貨を齎すガチョウ。やっぱり、私に選択肢は。

 足音が聴こえ、叔父の脇からくすんだ金髪の女性が姿を現した。

 イレーナと同じ紫色のドレス。様々な宝石で彩られたイヤリング、ネックレス、そしてたくさんの指輪。

 女性は私と視線を合わせ、酷薄な笑みを浮かべた。


「エリナ、おかえりなさい。待っていたわ――ええ、とても、ね」

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