悪い報せと売国奴―1
魔法学院入学以来、約二年ぶりに訪れたスレイド伯爵家の屋敷は、昼間だというのに、隠しようのない暗さを感じさせた。
豪奢な赤絨毯の敷かれた廊下で擦れ違う使用人達に顔馴染みの者は一人としておらず、私――エリナ・スレイドの顔を見てはそそくさと離れるばかり。
中には、亡き母から受け継いだ私の長い黒髪を見て顔を顰める者までいる。
古の時代、王国を焦土にしたと伝わる、魔女を連想させるのだろう。
「……っ」
居た堪れなくなり、歩を早める。
新たに叔父が収集したらしい、私には価値が分からない絵画や美術品が飾られているが、その細部は薄汚れ、手入れが行き届いていない。
生前の両親が愛した庭も寂れていたし……まさか、叔父は古くから仕えてくれていたみんなを辞めさせて? 学院都市から出した手紙がここ数ヶ月、返って来なかったのもその為?
私が重苦しい想いを抱いていると、蔑み混じりの声が降ってきた。
「あら、わざわざ帰って来たの、エリナ。魔法学院生は余程暇なのね」
顔を上げると、大階段の踊り場に、輝く金髪が印象的な一つ年上の美しい従姉――イレーナ・スレイドが立っていた。戸籍上は義姉になるが、そう思ったことは一度だってない。
外出しようとしていたのか、初めて見る紫色のドレス姿だ。
屋敷に居た頃の思い出したくない記憶が……叔父夫婦の黙認の下、叔母と従姉が私を下僕のように扱った記憶が蘇ってくる。
私は制服の裾を握り締め俯いた。
「あら? ふふふ……そんなに怖がらなくても良いじゃない。私と貴女の仲でしょう? それにしても、帰省するのに制服で来るなんて、相変わらず色気の欠片もない。たとえ義理だとしても、貴女はまだスレイド伯爵の娘なのよ? 少しは外聞を考えてほしいわね」
従姉が嘲笑しながら、ゆっくりと階段を降りてくる。私の身体は凍ってしまったかのように動かない。
目の前でイレーナが立ち止まった。
「今回の縁談のお話、エリナにはととても良い話だと思うわぁ。どうせ、多少魔法を使えるようになったところで、学院を卒業したら行き場なんてないのだし」
「わ、私は、痛っ」
自分自身を叱咤して、反論しようとすると、首筋に痛み。
イレーナが手に持った扇子を広げ、冷たく吐き捨てる。
「勿論――私はごめんだわ。金貨の為なら何だってする『売国奴』に嫁ぐなんて、死んでもね。存在価値のない貴女にはお似合いよ。ああ、嫁いだら、貴女の旦那様に毎月まとまった額を仕送りするよう仕向けなさい。貴女は御父様の慈悲で今まで魔法を学べたんだから。――それじゃあ、もう二度と会うこともないだろうけど、精々元気で生きていきなさい。私達の為に」
「…………」
言葉もない私の反応を待たず、従姉が廊下へと消えた。
心は淀んで沈み、暗闇に飲み込まれる。
――この二年間で芽生えた夢が死んでいく。
魔法学院卒業後、親友達と一緒に魔法大学校へと進学するという、私が持てた唯一の夢が。
母のネックレスを痛い位に握り締め、私は目を固く瞑った。
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